2012年02月09日

とつぜんのさよなら。

2/2の夜。
見慣れない番号の携帯から、自宅の電話に着信が。

いつも、不明な番号からの着信の時には、一旦居留守を使うことにしているので、
相手がメッセージを入れてくるまで待った。


聞こえてきたのは、仙台に住む従兄の声。
慌てて受話器を上げる。


「急な話なんだけど、ウチのオヤジが亡くなって…」




…え?




年末に電話した時には、そんなに具合悪そうな感じはしなかったのに!


葬儀は土曜と聞かされる。
1も2もなく「行く」と答えていた。



亡くなった従兄の父、──俺の母の兄は、
27年前に俺の祖母が亡くなって以降、ずっと実家を守ってきた。
伯父というよりも、祖父に近いような感覚でずっと接してきた。

最後のお別れに行かなければ、きっと一生後悔する、
そう思ったからこそ、考えるより前に葬儀に行くことを決めた。
葬儀の日は、遅い正月休みの最終日。
仕事に穴も開かず、誰にも迷惑はかからない。




そして当日。
葬儀の時間にあわせて指定席をとった新幹線は、図らずも「はやぶさ1号」。

時速300kmという現実離れしたスピードで、
メタリックグリーンの矢は俺を「逃れようのない現実」へ容赦なく運ぶ。

どうせE5系に乗るなら、
こんな理由じゃなく、一家揃っての里帰りとかで乗りたかった…と思いながら、
糸を引くように流れていく車窓の風景をぼんやりと眺めていた。




自宅からたったの3時間で、葬儀会場の最寄り駅に。
目に入る建物の屋根はことごとく白く、青空から降り注ぐ太陽を弾き返していた。


葬儀会場へ着くと、受付には同い年の従姉が。
今にも泣きそうな顔で「久しぶり…」と言われ、
どう返していいのかわからず、つい口ごもってしまった。

祭壇の前で、実家のおばさん(伯父の奥さん)と、
喪主である従兄に会う。
ふたりとも、昔より小さくなったように見えたのは、
突然の悲しみに疲弊しているからなのか、それとも年齢を重ねてしまったせいなのか。

そして、子供の頃によく遊んでもらった知り合いや遠い親戚たちが、
かわるがわる俺に声をかけてくる。
顔は思い出せるのに、誰が誰だったか名前が一致しないし出てこない。


日々にかまけていろんなものを没交渉にしている、
自分の「実家不孝」っぷりが情けなく思えて仕方がなかった。




葬儀は粛々と進む。
僧侶の読経の声を聞いていても、焼香してみても、現実感がまるでわかなくて、

「何でこんなことになってるんだろう? 俺はどうしてここにいるんだろう?」

と考えるばかりで、涙さえも出てこずにいた。




でも、棺の蓋が開けられて、最後のお別れをする段になったら、
突然──本当に突然、ものすごい勢いで悲しみがこみ上げてきた。

冷たくなってしまった伯父の顔を撫でながら、


「ごめんね、…1回しか孫見せてやれなくて本当にごめんね」


かきくどくように繰り返しながら、溢れる涙をこらえることができなかった。
棺にすがって、しばらくすすり泣いた。




駅に着いた時には晴れていた空から、
いつの間にか雪がちらちらと舞い始めていた。

斎場で荼毘に付され、骨になった伯父とともに、実家の墓がある寺へと向かう。
墓のある場所は、某アニメのファンには「聖地」として知られる町。
高台にある墓所からは、太平洋が見える。


shichigahama.jpg


マイクロバスの車窓から眺めた町は、あちらこちらに更地が目立ち、
この場所も津波で全てを奪われたのだということを思い知らされた。




雪が勢いを増す中、納骨も済み、線香をあげる。

「ああ、これで本当に終わってしまったんだ」という気持ちと、
「あの日もこんな風に雪が降っていたんだったっけか…」という思いを抱えながら、
ねずみ色の空にすぐ吸い込まれてしまう煙を見上げていた。






さよなら、伯父さん。
一周忌になったらまた来るよ。

そっちで俺の母さんと会ったら、兄妹水入らずで酒でも飲んでてよ。

何十年先になるかわからないけど、俺もいつかそっちに行くから。
もう少し待っててね。


 
posted by mak.kanz@wa at 12:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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