2013年05月31日

『ドキ生Debut vol.2』見てきたよ!

5/25(土)。
東京・大塚のライブハウス「Hearts+」で開催された
『ドキ生Debut vol.2』を見に行ってきた。


今回は全5組の参加であった…が、俺のお目当てはもちろん、
最もリスペクトしてやまない、パレットPことnocchi1031氏が率いるバンド・
Primary Color Palette(以下PCP)。

これまで、nocchiさんの演奏している姿は2度ほど拝見しているが、
いずれもブラボーカフェさんのサポートベーシストとしての姿だったので、
「本職」であるギタリストとしてのnocchiさんを見るのは
当然のことながら今回が初めてw
ということで、ずっとずっと楽しみにしていた。


当日、ヤボ用に時間を食ってしまい、
現地到着時は、すでに1組目であるフロッタージュの演奏が始まっていた><

ロビーについてきょろきょろしてたら、ちょうどnocchiさんと鉢合わせw
流れでタオルマンさんを紹介してもらい、ご挨拶。
その後、MKiriさん・グル美さん・哲犬さんともご対面を果たす。
当然のことながら、nocchiさん以外の皆さんとは初対面なので、
「はじめまして」のラッシュにw
(哲犬さんだけは、にゃっぽん〜Twitterでつきあいアリだったけど)


で、そんなこんなで(何
我らがPCPは4組目に登場。
できるだけ近くで堪能したいと思ったので、ほぼ最前列な場所を陣取り待機。
後ろの人が見えないかもって? そんなの関係ね(ry


ステージ前のスクリーンがあがり始めると同時に、
オープニングSEとして流れてきたのは「人魚」。


人魚 powered by ピアプロ

ドラムンベースの心地よいリズムで、いやが上にも気分は高揚していく。
(ライブ後、実はこのSEがMKiriさんのキーボードから
 流されていたと知ってびっくりした!)


そしてスクリーンがあがり切ったところで、
タオルマンさんの腹にずしっとクるドラムとともに始まったのは、
「Winner Takes All」!



実は、ロビーでMKiriさんと話していた時に
「1曲目ですよ♪」と言われてしまっていたわけだがw
わかっていても、実際にオープニングナンバーとしてこの曲が…と思うと、
胸にじーんとくるものが。
nocchiさんとコラボした初めての曲ということもあり、
自分の中でも思い入れの強いこのナンバーを生で聴けるというのは、
歌詞屋冥利に尽きる気持ちだった。


2曲目は「夕空と歌声と」。



ニコ動で聴くよりも、ライブで聴くと「映える」曲だな、と思った。
哲犬さんのベースのうねり具合が気持ちいい。


軽くMCを挟んでの3曲目は、nocchiさん最大のヒットナンバー「サッドソング」。



タオルマンさんのドラムが、まさに「火を噴くぜ」レベルの激しさ。
原曲のあの暴れ太鼓を完璧にライブの場に持ち込んだー!って感じで、
ずっとタオルマンさんの演奏に目が釘付けになったw


4曲目、MKiriさんの引き込まれるようなキーボードの音色で始まったのは、
nocchiさんの初オリ曲にして、P名の由来でもある「Palette」。



A〜Bメロの「静」から、サビの「動」への流れはいつ聴いてもみなぎる。
これを生で聴けることの幸せを感じる。


その後はメンバー紹介へ。
PCPは5人全員、居住地がバラバラということで、紹介順は北からw
哲犬さんの紹介で「from 北海道!」とグル美さんが言った瞬間、客席がどよめいたwww

そして、ラストナンバーは「Color」。



「『忘れないで』、みんなで一緒に!」とグル美さん。
それに呼応するように声を上げて歌う観客。もちろん俺もw
間奏のギターソロに入ったところで、もうグッとこみあげてくるものが。

ボカロを・MEIKOを聴いててよかった。
nocchiさんを追っかけててよかった。
心からそう思った瞬間だった。


今回のライブを見てて思ったのは、
5人ともものすごく楽しそうに演ってた、ということ。
みんなのキラキラした笑顔がとても印象に残っている。

それと、全員の圧倒的に安定したクオリティ。
nocchiさんのギターはもちろんのこと、グル美さんのボーカル、
哲犬さんのベース、MKiriさんのキーボード、タオルマンさんのドラム。
全員での練習わずか3回で本番に臨んだとは思えないほどのフィット感。
本当に最高のバンドだと思った。



PCPの出番終了後、ロビーで一服していると、
なんと目の前に拝郷メイコさんが!!!
Twitterで、某相互さんと「来てくれたりしませんかねー」と会話してはいたが、
本当にいらっしゃってるとは思わなかったのでマジでびっくり。
(「DAIBA de Thanks」からの流れ的に、来るべくして…だったのかもですが)
顔ちっちゃかったなぁ…(*´д`)


終演後、全バンドのメンバーの方々からひとことのコーナーが。
nocchiさんからは
「自分たち以外にも、演ってみようというところが出てくればいいと思う」
というようなコメントが。
MEIKOマスターさんたちの曲は、どれもこれもライブ映えするものばかりなので、
確かに後に続くバンドが出てくれば面白いし、見てみたいと思った。



その後、打ち上げの末席に参加させていただき、PCPの皆さんと改めて歓談w
rumecoさんともようやく対面を果たし、ご挨拶。
持参した『暁』の歌詞カードに、皆さんのサインをもらったりしながら、
ライブの余韻を反芻しつつ、終電で帰路に。



今まで、いろんなコンサートやらライブやら見てきたつもりだけど、
今回のドキ生は、──PCPの演奏は、
自分史上もっとも楽しいライブだった。

Twitterでも書いたけど、
この素晴らしいひとときをくれた、PCPの皆さんと、
ドキ生スタッフの皆さんに、心から感謝している。


…できれば、今回だけで終わりにしてほしくない。
いつかまた、気持ちいい夢のようなリアルを見させてください。
 
posted by mak.kanz@wa at 23:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月22日

これでいいのだ。

初音ミクのリリース直後からニコニコ動画で活動し、
歌詞・メロディ・オケ・ボカロ調整技術のいずれもハイクオリティな楽曲で
多くのボカロ民から支持を集めている、ぺぺろんPこと虹原ぺぺろん氏。


2012年8月29日に、Avexのレーベル・HPQより、
アルバム『ReFraction -BEST OF Peperon P-』でメジャーデビューとのことで。


[初音ミクwiki]
http://www5.atwiki.jp/hmiku/pages/22279.html

[Amazon購入ページ]
ReFraction -BEST OF Peperon P- (ALBUM+DVD) [CD+DVD] / 虹原ぺぺろん (CD - 2012)
http://www.amazon.co.jp/dp/B0089F2S0S



アルバムリリースの一報が出た時点から、
俺にとって気になっていたのは「トラックリストはどうなるんだろう」ということ。

このブログを開設して、いちばん最初にライナーノーツを書いた曲でもあり、
虹原氏との唯一の(おそらくは最初で最後の)コラボ曲である「Bye-bye My Blue Bird」。





ぶっちゃけて言ってしまえば、この曲が収録されるのかどうかの一点に尽きた。


しかしその後、虹原氏のツイートで
「殿堂入り曲はほとんど入ります。尺の関係で入らないものもあるけど」
という発言を目にしたことで、悩みはほぼ解消された。

そして、上にも貼ったミクwikiの記事で、トラックリストを確認。


「あぁ、やっぱり入らなかったか。よかった」


と、胸をなでおろして安堵した。



メジャーアルバムに自分の作詞した曲が入らなかったということであれば、
悔しがったり残念がったりするのが本筋なのかもしれない。
が、負け惜しみでも何でもなく、俺は「Bye-bye My Blue Bird」が
このアルバムに収録されなくてよかったと心から思っている。


この記事でかつて書いた通り、
俺は歌詞の著作権を信託(全信託・部分信託のいずれであっても)するつもりはない。
そして、その方針は今でも変わっていない。

メジャーレーベルからアルバムがリリースされるともなれば、
当然その収録楽曲には、著作権が信託される余地が発生する。
(今回、『ReFraction』の収録楽曲が部分信託されるかどうかは知らないけど)

自分の書いた歌詞がそういう危険性に晒されるというのは、非常に由々しき問題であるわけで。




俺にとって、自分の書いた歌詞というのは、手塩にかけて育てた娘のようなもの。
そして、その「娘」を育てたのは、
コンポーザーさんの書いた「楽曲」という伴侶と添い遂げてもらうためであって、
音楽出版社とかいう得体の知れない女衒に売り飛ばすためじゃない。


ミクGTコンピアルバムに「Set and Go!! −with Advanced Rhythm−」が収録される際に
OKを出したのも、楽曲の著作権は信託されない、ということが確認できたからの話。
(実際問題、アルバム発売後も俺は一銭も受け取っていない。そういう契約にしてもらったので)



好きなこと・書きたいものを歌詞にして、それが運よく曲になれば、俺はそれだけでいい。
mp3ができた時点で、俺の欲望は達成されているのだから。
(ニコ動も、俺にとっては所詮オプションのひとつにすぎない)

信託されて金もらっても嬉しくないし、そういう話は面倒で仕方ない。
その先の活動に対するプレッシャーにもなってしまうし、
書きたいものも書けなくなりそうで、嫌だし怖い。
そもそも金もらえるクオリティの詞だとも思えないし。



虹原氏が「Bye-bye My Blue Bird」を『ReFraction』に収録しなかった理由は、
たぶん全く別のところにあるんだろうとは思う。
でも、俺にとっては結果的に、面倒なことにならずに済んだ(金銭的にも活動ポリシー的にも)わけで。
そういう部分でも、逆に虹原氏に感謝したいぐらいの気持ちでいる。

posted by mak.kanz@wa at 04:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月24日

悪いコトしてるわけでもないのに。

シンコーミュージックから隔月刊で発売されている雑誌『ゲッカヨ』。
ボカロ・歌ってみたに力を入れていることもあり、
ボカロクラスタや歌い手クラスタの人にはそれなりに知られた雑誌である。
http://www.gekkayo.jp


その『ゲッカヨ』が、誌面連動企画として、
以下の曲に対する歌詞募集を行っていたので、2本ほど応募してみた。





で、その選考結果が、3/23に発売された『ゲッカヨ』vol.2に掲載されるということで、
今日書店で購入してきた。
…選考結果については、また日を改めて書かせていただくということでw(ぉぃ



今日の本題は、今回入手した『ゲッカヨ』の読者ページにあったある投稿。
あまりな内容だったので、全文転載させていただく。
(ゲッカヨさんごめんなさい)



  ピアプロで作詞活動しているのが親に見つかって、ケータイごと没収…。
  ミクのオリジナル曲動画を制作中だったのに、
  アカウントも削除されてしまいました。
  おかげで絵師さんとも連絡が取れなくなってしまい…
  形はどうあれ作品を途中で投げ出した自分が悔しくて悔しくて情けなくて、
  毎日泣いています…。
  見ておられるか分かりませんが、
  一緒にコラボしてくださったみなさん、本当にごめんなさい…




投稿主は19歳の女子。
正直、読んでるこちらまで悲しくなったと同時に、ムカッとくるものを感じた。



別に、出会い系サイトで異性くわえこんで、
毎晩セクロス三昧してるわけでもないし、
グリーやモバゲーで課金アイテムに入れあげてるわけでもない。

それなのに、「知らない誰かとネットでやりとりしてる」ってだけで
どうしてそこまでされにゃならんのか、と。


ひとと協力して、少しでもいいものを作ろうとしてるだけじゃん。
ムダに金銭つぎこんでるわけでもないし、
いかがわしい行為に及んでるわけでもない。
それがアカウント削除? ケータイ没収?


しかも、小学生や中学生ならまだしも、
19歳っつったらほとんどオトナと同じでしょ。
それでこんなひどい仕打ちってアリか?


仮に、学業(もしくは仕事)に影響が出てるとかだったとしても、
せいぜいネットする時間を制限するとか、その程度でいいでしょ。
何もそこまでする必要ない。



某SNSとか、2chの某スレとか見ると、
「作詞してくれるはずの子と連絡がとれなくなった」とか、
「コラボ主が作業ほっぽらかして音信不通になった」とかっていうのをたまに見るけど、
そういうのって、ブッチする側が無責任だっていうばかりじゃなくて、
こういう「容赦なき事情」で連絡とりたくてもとれなくなった、っていうケースも
ちょいちょいあるのかなぁ…と、今回の件で考えるようになった。


とりあえず、この女の子の1件は、事実ならかわいそうすぎる。

俺もピアプロを根城に作詞活動させてもらってる身なので、
他人事に思えず、あまりにひどいと感じた。



親はもうちょっと、──ほんのちょっとでいいから、
自分の子供を信用してやんなよ。
思い込みで子供の楽しみ奪って潰すなんて、
沖縄の雪遊びを一旦中止に追い込んだ放射脳モンペと同じじゃないか。



この投稿主の女の子、今回の件で気持ちが折れちゃってるかもしれないけど、
できれば、またいつか作詞活動を始めてくれたらいいな…と、心から願う。
posted by mak.kanz@wa at 23:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月09日

とつぜんのさよなら。

2/2の夜。
見慣れない番号の携帯から、自宅の電話に着信が。

いつも、不明な番号からの着信の時には、一旦居留守を使うことにしているので、
相手がメッセージを入れてくるまで待った。


聞こえてきたのは、仙台に住む従兄の声。
慌てて受話器を上げる。


「急な話なんだけど、ウチのオヤジが亡くなって…」




…え?




年末に電話した時には、そんなに具合悪そうな感じはしなかったのに!


葬儀は土曜と聞かされる。
1も2もなく「行く」と答えていた。



亡くなった従兄の父、──俺の母の兄は、
27年前に俺の祖母が亡くなって以降、ずっと実家を守ってきた。
伯父というよりも、祖父に近いような感覚でずっと接してきた。

最後のお別れに行かなければ、きっと一生後悔する、
そう思ったからこそ、考えるより前に葬儀に行くことを決めた。
葬儀の日は、遅い正月休みの最終日。
仕事に穴も開かず、誰にも迷惑はかからない。




そして当日。
葬儀の時間にあわせて指定席をとった新幹線は、図らずも「はやぶさ1号」。

時速300kmという現実離れしたスピードで、
メタリックグリーンの矢は俺を「逃れようのない現実」へ容赦なく運ぶ。

どうせE5系に乗るなら、
こんな理由じゃなく、一家揃っての里帰りとかで乗りたかった…と思いながら、
糸を引くように流れていく車窓の風景をぼんやりと眺めていた。




自宅からたったの3時間で、葬儀会場の最寄り駅に。
目に入る建物の屋根はことごとく白く、青空から降り注ぐ太陽を弾き返していた。


葬儀会場へ着くと、受付には同い年の従姉が。
今にも泣きそうな顔で「久しぶり…」と言われ、
どう返していいのかわからず、つい口ごもってしまった。

祭壇の前で、実家のおばさん(伯父の奥さん)と、
喪主である従兄に会う。
ふたりとも、昔より小さくなったように見えたのは、
突然の悲しみに疲弊しているからなのか、それとも年齢を重ねてしまったせいなのか。

そして、子供の頃によく遊んでもらった知り合いや遠い親戚たちが、
かわるがわる俺に声をかけてくる。
顔は思い出せるのに、誰が誰だったか名前が一致しないし出てこない。


日々にかまけていろんなものを没交渉にしている、
自分の「実家不孝」っぷりが情けなく思えて仕方がなかった。




葬儀は粛々と進む。
僧侶の読経の声を聞いていても、焼香してみても、現実感がまるでわかなくて、

「何でこんなことになってるんだろう? 俺はどうしてここにいるんだろう?」

と考えるばかりで、涙さえも出てこずにいた。




でも、棺の蓋が開けられて、最後のお別れをする段になったら、
突然──本当に突然、ものすごい勢いで悲しみがこみ上げてきた。

冷たくなってしまった伯父の顔を撫でながら、


「ごめんね、…1回しか孫見せてやれなくて本当にごめんね」


かきくどくように繰り返しながら、溢れる涙をこらえることができなかった。
棺にすがって、しばらくすすり泣いた。




駅に着いた時には晴れていた空から、
いつの間にか雪がちらちらと舞い始めていた。

斎場で荼毘に付され、骨になった伯父とともに、実家の墓がある寺へと向かう。
墓のある場所は、某アニメのファンには「聖地」として知られる町。
高台にある墓所からは、太平洋が見える。


shichigahama.jpg


マイクロバスの車窓から眺めた町は、あちらこちらに更地が目立ち、
この場所も津波で全てを奪われたのだということを思い知らされた。




雪が勢いを増す中、納骨も済み、線香をあげる。

「ああ、これで本当に終わってしまったんだ」という気持ちと、
「あの日もこんな風に雪が降っていたんだったっけか…」という思いを抱えながら、
ねずみ色の空にすぐ吸い込まれてしまう煙を見上げていた。






さよなら、伯父さん。
一周忌になったらまた来るよ。

そっちで俺の母さんと会ったら、兄妹水入らずで酒でも飲んでてよ。

何十年先になるかわからないけど、俺もいつかそっちに行くから。
もう少し待っててね。


 
posted by mak.kanz@wa at 12:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月13日

2011年という年は。

毎年末恒例の『今年の漢字』。

2011年の漢字は、大方の予想を覆すこともなく、『絆』に決まったようで。



  今年の漢字は「絆」 震災、豪雨、なでしこが理由(スポニチアネックス)
  http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/12/13/kiji/K20111213002231500.html



人と人、個と個の間では、確かにいろんな形で
『絆』が再確認されたケースも少なからずあるだろう。それは否定しない。

だけど、震災・津波後のこの9ヶ月間の様々なニュースを見るにつけ、
「今年の漢字って、ほんとにそれなの?それでいいの?」
という違和感を感じざるをえない。
違和感というより、むしろ不快感に近いとでも言うべきか。


福島第一原発のあの事故の後、あらゆる形をとって発露した、
「ヒバク地フクシマ」に対する差別やヘイトスピーチはどうだ。
その口汚い発言の数々は、福島のみならず被災地全体に向けられているとしか思えない。



  小学校では、避難・転校してきた子に「わー放射能がうつるー」

  津波で流された松を護摩木にすれば「セシウムで琵琶湖が汚れる」

  架け替え工事用の橋桁さえ「福島で製造したんじゃ放射能が心配」

  東北の物産の販売イベントをやろうとすれば
  「トラックでセシウム持ってくんな」「汚染作物食わせる気か」

  原発由来ではない災害瓦礫の受け入れを表明すれば
  「市長は売名行為をやめろ」「市職員も同じように苦しめてやる」



それ以外にも、ネット上に流れる
狂信的な「反原発カルト」と化した有象無象の発言まで拾えば、
何行使ったって書ききれないぐらいの『ことばの暴力』の数々。


そこにあるのは、猜疑と糾弾と絶望と諦観ばかり。
『絆』? 助け合いの精神?
そんなものがどこに残ってる?
あるというなら、どこにあるのか誰か教えてほしい。



そして、震災復興処理・放射能汚染対策に関して、
すべてが後手後手に回ったことで、一切の信用を失った政府。
ロクな事前対策も打たず、根拠に乏しい「安全神話」を謳いながら、
それが崩壊してもなお、他人事のような顔をしている東京電力の上層部。


被災地で活動した自衛隊・消防隊・警察・米軍、そして数多のボランティア。
原発で必死に作業を続ける、末端の東電社員や下請け会社の人々。
政府や東電のありさまは、
現場で頑張ってる人々の顔に泥水をぶちまけるような仕打ちとしか思えなかった。



そういう意味でも、今年の漢字は『』一択だと思っている。

今年は、ありとあらゆるものが、あの震災・津波をきっかけに、
あとかたもなく壊れ続けた日々だったのだから。



これから先、我々日本人は何十年にもわたって「試される日々」を生きるのだろう。

失ってしまったもの。それは元に戻るのか。
壊れてしまったもの。それを元に戻せるのか。


まだ終わりじゃない。
まだ死んじゃいない。
壊れたものも、失ったものも、長い月日をかけてでも取り戻さなければ。
posted by mak.kanz@wa at 18:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月24日

そして鉄人は、今日も焼け野原を往く。

ほぼ日Pの曲が好きだ。
正確に言えば、ほぼ日Pの書く歌詞が好きだ。


一見シンプルなことばの中に、消化不良を起こしそうなほどのエグ味をこってり織り交ぜて、
ネタ元に対して容赦のない皮肉をぶちかます様が好きだ。


そのほぼ日Pだが、
先日アップしたこの曲によって、議論百出・非難囂々。
動画は元より、ご本人のブログ・ミクwikiの動画記事・大百科の本人記事のスレ、
いずれも絶賛大炎上中となっている。
(コメ非表示推奨動画なので、今回外部プレイヤーは貼りません)





確かに最近、「元ネタをちゃんと見ていないと、曲に込めた風刺が解りにくい」という
傾向が強くなってきているのも事実ではあろうが、
元ネタを見てもなお、ほぼ日Pの意図とはかけ離れた解釈・理解をしてしまっている人が
ずいぶん増えたように感じられる。
そして、元ネタも見ずに脊髄反射で「氏ね」だの何だのわめき散らすバカも、
「放射能がくる」の頃以上に増加した気がする。





「こんな動画消せ」 「福島の人に謝罪しろ」 「どんな意図で曲作ったのか釈明して」etc…


さまざまな批判に対し、ほぼ日Pは黙して語らず…どころか、
何もなかったかのように立て続けに曲をアップしてみせた。
しかも、一見すると全く真逆の方向を向いた歌詞を持つ2曲を。








ことここに及んで、ようやく俺の中で結論が出た。



  「この人は、他人に訴える気持ちなんてこれっぽっちもない。
   ただ、自分が『食い破りたい』と思ったものに噛みつくだけだし、
   自分が『歌いたい』と思ったことばを(ミクとVY1の力を借りて)紡ぐだけなんだ」




と。



彼は、あまりにも自由に、琴線に触れたものを感じたままに曲にする。
それを聴くも聴かぬもリスナーの自由だし、聴いてどう思うかもリスナーの自由。
言い換えれば「聴く人の意見など知ったこっちゃない」というところか。

さまざまな批判に対するリプライすら、歌の形をとって世に問うてしまう。
そして「この返答をどう解釈するかも、あなたの勝手ですよ」と、
自身に向けて投げつけられたボールを、時速200kmで投げ返す。(時に少々斜め上に)


その典型がこの曲だろう。
某ブログでの批判に対し、そのブログのタイトルを歌詞に折り込みながら、
当該記事中で俎上に上げられた曲 「馬鹿が見るテレビ」 のサムネに×を描いてみせることで、
自虐に見せかけたイヤミたっぷりの返信をしてみせている。





しかし、それがネタ元にしている相手に届くかどうかについては、
ほぼ日P本人はまったく拘泥していないのではないだろうか。
だからこそ、動画がどんなに荒れても削除したりしないし(コメントも自身では削除しない)、
ブログのコメントにもいちいち返信したりしない。


大百科のスレには「釈迦の手の上の悟空状態」というレスがあったが、
我々視聴者のことを手の中で転がす意図すら、彼にはないのだろう。
それどころか、そもそもその掌中に我々視聴者を落とし込むつもりすら皆無だと思える。


放り投げたボールが我々の手元に届く頃、
ほぼ日Pはすでに別の方向を向いて、次のボールを磨いているにすぎないのだ。



そう考えると、動画やブログに批判コメントを浴びせている連中の行為が、
何と虚しいものであるかと思わされる。
何しろ、いくら噛み付いても相手にしてもらえないのだからw
(そのくせ、気が向くと10倍返しで喉を食い破られるから始末が悪いwww)


その手の中で踊ることすらさせてもらえない我々視聴者は、
自問自答や煩悶を繰り返しながら、ほぼ日Pと対峙していくしかないのだろう。



# もしほぼ日Pに直接話を訊くことができるなら、ひとつだけ訊いてみたい。
# 「その、何ものにも動じない・何もかもを取り込み続ける強靭なハートは、
#  いったいどこから生まれたのか」と。
# 彼の詞はマネできないが、彼の精神力には少しぐらいあやかりたいと思う。

posted by mak.kanz@wa at 20:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月11日

知らないということ。「知らない」ということを知らないこと。

8/9にTwitterでつぶやいた内容だが、
再構成+加筆してこちらにも改めて記載してみる。

自分のルーツである大地を腐すような言動には、
やはり我慢がならないので。


------

大文字送り火の件といい、


 陸前高田の薪、「五山送り火」に使う計画中止に (朝日新聞)
 http://www.asahi.com/kansai/travel/news/OSK201108070083.html


セシウムさんの件といい、


 岩手産米プレゼントで「怪しいお米 セシウムさん」 東海テレビ番組中に不謹慎な表示 (ITmediaニュース)
 http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1108/04/news053.html


福島のみならず東北全域を「放射能汚染地帯」呼ばわりするようなケースが増えた気がする。

まぁ、以下のスレを見ても解るように、そういうことを口走る輩は震災直後から見受けられたが。


 【東日本大震災】気仙沼の蔵元「男山本店」酒造り再開「もろみは生きていた」「これだけは絶対、酒にしてみせる」 (ログ速)
 http://logsoku.com/thread/raicho.2ch.net/newsplus/1301456653/


これまで何度かツイートしてきたが、
福島第一原発と、東北の各被災地との位置関係もろくに把握していないくせして、
そういう妄言をほざく連中がのさばっているってことが、ものすごく腹が立つ。


47都道府県の位置関係ぐらい、日本に住んでるなら知ってて当たり前だろう。
小・中・高校と、ずっと授業で習うことなのだから。
それすら知らずに一絡げで東北をdisってるヤツらは、
「俺は義務教育もろくに受けてないバカ」だと自ら喧伝してるに等しい。
(そういうヤツらは、バカだからそれにも気づいてないだろうが)


「どの町がどことかシラネ。
 同じ『東北地方』なんだから、どうせホーシャノーで汚染されてるんでしょ?」

とかぬかす連中は、自分の発言が「俺は九州の人間だから(ry」という
松本龍の発言と同レベルだってことを理解しろ。
そして、知ってて当然のことを知らないという事実を少しは恥じ入れ。


放射能の恐怖を云々する前に、小学校から人生やり直せ。
それができないんなら今すぐ死ね。

知ってて当然のことを知らないばかりか、
知らないことすら知らないという度し難いバカの存在は、
社会にとって何の役にも立たない害悪でしかないのだから。

posted by mak.kanz@wa at 02:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月07日

見えないものほど怖いんだろうか。

7/4の東京中日スポーツ紙面にこんな記事が。


 博一以外のMotoGP全ライダー「日本に行きたくない」 (東京中日スポーツ)
 http://f1express.cnc.ne.jp/index.php?teiko_id=237464&cat_id=27&top_flg=1
 ※サイトは有料会員制


自分は定期購読しているので、紙面からちょっと引用。
(ライダーの名前はイニシャルではなくフルネームに修正しました)


>ホルヘ・ロレンソ(ヤマハ)、バレンティーノ・ロッシ(ドゥカティ)を中心に動いてきた
>「日本GP中止活動」は、ついにMotoGPクラスの全ライダーを巻き込む陳情騒動に発展。
>青山博一(ホンダ)を除くライダーが署名した陳情書がグランプリを運営統括する
>Dornaのカルメロ・エスペレータCEOに届けられた。その内容は
「ツインリンクもてぎの放射能汚染の安全性が確認されなければ日本に行きたくない」
>というものだ。


ヨーロッパ人にはチェルノブイリという前例が、
アメリカ人にはスリーマイルという前例がそれぞれあるわけだし、
放射能に対する恐怖や不安があるってのは、理解できないわけじゃない。
「明らかに健康を害するようなところに誰が好き好んで行くものか」
ということなのだろう。


だが、日本がこういう時だからこそ、もてぎでレースをやることで、
『日本の人々に勇気と元気を与える』ということはできないのか、と。


開幕戦・カタールのグリッド上で掲げた

  We x JAPAN! (注:「x」は「for」の意味)

のフラッグも、こうなっては虚しく思えるばかりだ。


厨二的感情論で言わせてもらえば、


 「放射線浴びて、10年後だか20年後だかに出る(かもしれない)健康被害を心配するより、
  次のレースでシモンチェリ(※)に突っ込まれて大ケガするリスクを心配しろよwww」



というところだ。


特にこの件で、先頭に立って「日本GP拒否」を口にしているロレンソに対しては、
怒りというより情けなさというか、悲しみというか、
そういう感情が渦巻いて仕方ない。


2010年9月、サンマリノGP(イタリア・ミサノサーキット)のMoto2クラスのレースで、
日本期待の若手・富沢祥也が転倒⇒よけきれなかった後続の選手2人に轢かれて死亡、
という事故があった。
その時、ロレンソは誰よりも深い哀悼の意を表明し、次のレースで自らのヘルメットを
富沢と同じペイントにしてレースに臨んだ。


そのロレンソが、今度は真っ先に「日本(放射能)イヤだ」と言っていることが悲しい。


富沢の実家は、津波で大きな被害を受けた千葉県旭市にある。
(幸い、家もショップも津波で流されたりはしていないようだが)

自分が弟のように可愛がっていた富沢の家族が震災の被害を受けているのだから、
現地を見舞いに訪れるぐらいのことはしたっていいんじゃないのか?と思うのだ。


FIMによる「開催正式決定」のアナウンスはペンディングされたようだが、


 モトGP日本開催決まらず/オートバイ (サンケイスポーツ)
 http://www.sanspo.com/sports/news/110705/spq1107050501003-n1.htm


正式決定されれば、ボイコットはペナルティの対象になるらしいから、
ロッシもロレンソも不承不承ながら来日するのだろう。

その時、ヤツらはどのツラさげて日本の土を踏むのか。
イヤイヤで来て適当な仕事しかしないでとっとと帰るとかだったら、
いっそ来てもらわなくて結構だ、という気持ちにもなったりする。


>「日本が大変なことは皆分かっているはず。こういうときだからこそ、やろうよと言ってほしかった。
> 僕は専門家じゃないし、詳しいことは分からないが、原発の安全性が100%保証されなければ
> やらないというなら、グランプリを開催できる国はいくつあるのかと言いたい」


上記は、トーチュウの記事にもあった青山のコメントだが、
このコメントが、多くの(「全ての」と言えないのもまた悲しいことだが)日本人の思いを
代弁してくれているのだと、そう信じたい。


(※)マルコ・シモンチェリ(ホンダ)。125cc時代から無謀な仕掛けをすることが多く、
   多くのライダーが接触・転倒の被害に遭っている。中には骨折させられたライダーも…
posted by mak.kanz@wa at 21:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月03日

どの口が言うか。

鳩山由紀夫という人物がこれほどカスだとは、正直想定の斜め上すぎる…


 鳩山氏 首相辞任へ手続き踏む (NHKニュース)
 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110602/k10013279471000.html

>岡田幹事長が『その2つは条件ではない』と言っているのはうそだ。
人間はうそをついてはいけない。


 鳩山氏「首相はペテン師」「不信任案賛成すれば良かった」 (MSN産経ニュース)
 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110603/plc11060310470009-n1.htm

>「きちっと約束したことは守るのはあたり前だ。それができなかったらペテン師だ」



普天間基地移設で「最低でも県外」と、沖縄県民に期待を持たせるようなことを言っておいて、
結局は辺野古移設にしたのは誰だ?

「総理大臣を経験した者は政界に影響力を残すべきでない」とか言っておきながら、
なかったことのように次の選挙にも出ようとしてるのは誰だ?



6/1の夜には「野党が不信任案を出しても賛成する」と言ってたくせに、
採決後は「野党の不信任案に乗っかるなんて邪道」と
いけしゃあしゃあとうそぶいた原口一博もクソだけど、


 原口一博がクズ過ぎると話題 (痛いテレビ)
 http://zarutoro.livedoor.biz/archives/51676603.html


鳩山の場合は、総理大臣経験者にしてこの体たらくだから始末が悪い。
Twitterでも書いたけど、こんな厚顔無恥な人間は今まで見たことないわ。
こいつこそ真っ先に除名されるべきだろ。

つか、できればこの世から除名されろ。
又吉イエスならずとも「腹を切って死ぬべきである」って言いたくなるわ。



# 次の選挙でこいつを当選させるほど、
# 北海道9区の有権者もバカじゃないと思いたいんだが…
posted by mak.kanz@wa at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

有権者をナメるな。国民をナメるな。

フタを開けてみれば、結局「大山鳴動鼠二匹」で終わった、菅首相への不信任決議案。
首相本人が「遠からぬ退陣方針」を示唆したことで、
何とか収まった感がありありではあるが。


個人的に言って、今回の不信任決議案提出自体、到底受容できるものではない。
確かに、菅さんの震災対応は、お世辞にも「よくやってる」とは言えない。
民主党内での求心力も、正直なところ小沢に劣っていると思う。
仮に今すぐ総選挙があっても、菅さんに投票しようという気にはなれない。


でも、このタイミングで辞めさせるべきなのか、と言われたら、
個人的答えは「NO」だ。


平成三陸・太平洋大津波(東日本大震災)の復興だって、
ぶっちゃけ「まだ始まってもいねぇよ」なのが実情だし、
福島第一原発も、いつ冷温停止に持ち込めるのか、
東電の工程表がアテにならない状況がずっと続いているわけで。


そんな状況下で内閣総辞職して、
首班指名・組閣といったプロセスの間、政治空白が生まれて、
震災への対応が停滞することが、良いことなわけがない。
まして解散・総選挙なんてことになったら、
選挙どころじゃない被災地がより一層置き去りにされるのは明白なわけで。
(統一地方選さえ延期になったのに、総選挙なんてできるわけがない)


菅さんの対応は確かにもたもたしている。
だが、今回の不信任決議案は、
「俺なら菅さんよりもっとうまく早くやれる」という意思表示ではなく、
単に「気に入らねぇ。全力で行くか?」ってだけにしか見えない。

実際、自民党も公明党もみんなの党も、
「ウチならこうするぜ」という対案なんてまったく提示していなかったはず。

猫(=震災対応)の首に鈴つけるのが怖いだけだ。


復興のための対応は止めちゃいけない。
菅さんの対応に不満があるなら、引きずり降ろすのではなく、
時に支え、時に厳しくダメ出しし、時に的確な忠告を与えながら、
挙国一致でやっていくべきなんじゃないのか。

「がんばろう日本」とか言いながら、
頑張ってないのはおまえら政治家じゃないのか。
ふざけるのもたいがいにしろ。


民主党国会対策委員長・安住淳議員は、
今回の不信任決議案に対して、一貫して反対の姿勢をとってきた。
国対委員長という立場からしてそういう姿勢になるのも当然ではあろうが、
彼自身も被災者(地元の自宅は全壊したそうだ)であることを考えれば、
菅さんの震災対応の稚拙さについては、本心では思うところもいろいろあるだろうと考えるのが自然だ。

安住さんがどんな思いで、不信任決議案に反対したか。
震災復興のためにも、政治空白はつくるべきではないという思いが、
根底にはあったんじゃないのか。
俺はそう考えている(というか、そういう思いであってほしい)。


議決の場で、山井和則議員(民主党)が、「被災者のことを考えてくれ」と言って、
与野党双方の議員に深く頭を下げて懇願したのも、
震災復興のためには政治空白を生むべきではないという、ごく真っ当な考えの発露だろう。
それがなぜ、永田町の住人には届かないのか。


Twitterでも書いたが、
今回の不信任決議案提出の流れは、「嫌なら見るな!」のアスキーアートを思い出す。
まさにこんな感じだ。



                  ヽ人人人人人人人人人人人人人人人ノ
         / ̄(S)~\  <                      >
       / / ∧ ∧\ \<  嫌なら見るな! 嫌なら見るな!  >
       \ \( ゚Д,゚ ) / /<                      >
         \⌒  ⌒ /  ノ Y´`Y´`Y´`Y´`Y´`Y´`Y´`Y´`Y´`Yヽ
          )_人_ ノ  
          /    /   ←国会議員
      ∧_∧ ■□ (    ))
     (   ; )■□  ̄ ̄ヽ
   γ⌒   ⌒ヽ  ̄ ̄ノ  ノ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
      ↑国民(特に被災者の方々)



政治家は「自分たち(の利益)のために何ができるか」じゃなくて、
「国民のために何をすべきか」を考えて行動しろ。

posted by mak.kanz@wa at 11:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする