2017年02月18日

自作詞ライナーノーツ#25 「鐘」

そしてまたもや1年ぶりの更新…
更新できるネタがあるだけいいっちゃいいのかもしれませんがw


ということで、今回もライナーノーツ…なんですが、
今回の曲はピアプロ限定公開曲です。
(ピアプロ限定曲のライナーノーツは初めてかも)
こちらの曲です。


[ピアプロ(mp3)]
http://piapro.jp/content/jwc53blfhfwxkejs

(ピアプロプレイヤーがHTML5に仕様変更されたため、
 従来のようにブログへの埋め込みができなくなりました。
 お手数でも上記リンク先から聴いてください)

[歌詞]
http://piapro.jp/content/x90t8o0qnpixy5d9


nocchi1031氏(パレットP)との記念すべき10作目のコラボ作
」です。



…実はこの作品、公開順では10作目となりますが、
歌詞の投コメにも書いた通り、歌詞作成順でいうと
「3作目」のコラボとなります。


オーダーを受けたのは2010年の2月。
確か、バンクーバー五輪が開幕する前後ぐらいだったと記憶しています。
それまでの2作(「Winner Takes All」・「1987」)は、
オーダーにあたり特に歌詞テーマの指定はなかったのですが、
この時は初めて、オケ受領時にnocchiさんから歌詞のテーマの指定がありました。


 「理解しあえない虚しさ、無力感」


それが、依頼を受けたテーマでした。


譜割おこしをしながらテーマに思いをめぐらせることしばし。
浮かび上がった題材は、

 「戦争と宗教
 「男と女

のふたつでした。


「戦争と宗教」をパターンA、
「男と女」をパターンBとして、パラレルで制作開始。
書いているうちにどちらかに絞れるだろう…と思っていたのですが、
1本に絞ることのできないまま制作を続けることに。

そして、2本の歌詞の作成を始めてしばらくしてからも、
まだタイトルは未定のままでした。
どうしようかなー…と思いながら改めてオケを聴いた時、間奏とアウトロ
(当初もらったオケは、完成版とは異なり、イントロにはSEは入っておらず、
 アウトロの処理も違いました)にインサートされたチャーチベル
──「鐘」の音が、ものすごく印象的に響いてきました。
その音だけが浮き上がって聴こえてくるような。

折しも世間は、先述の通りバンクーバー五輪の時期。
そのシーズン、浅田真央選手がフリープログラムの楽曲として使っていたのが、
セルゲイ・ラフマニノフの「鐘(前奏曲嬰ハ短調)」。
あっさりインスパイアされて、この歌詞のタイトルも「鐘」になった…
という次第です。
(当初のピアプロ投コメでは「関係ありませんw」なんて書いてましたが、
 実は関係ありまくりだったというw)


そんなこんなで、気がつけば2本ともフル尺の歌詞が完成w
そのため、2本ともnocchiさんに納品し、
「どちらか気に入った方の歌詞を選んでほしい」とお願いしました。

結果、nocchiさんが選んだのは「パターンA」。
一部歌詞が字足らずな箇所があったため修正し、
ほどなく完成版の音源を送ってもらいました。


しかしその後、この曲が表に出てくることはなく。
後々、「動画の作成に難渋している」的な状況をちらっと耳にしましたが、
あまり突っ込んだ話は聞いてないので、
ニコ動での公開に至らなかったほんとうの理由は判りません。
(俺が根掘り葉掘り訊くことでもない気もしたので)


それはさておき、肝心の歌詞についてもつらつらと。


上述の通り、オケから導かれたタイトル「鐘」。
題材をキープしつつも、歌詞の内容はタイトルに集約されていく形になりました。


  老人の願い乗せ 飛ぶ鳥を
  少年の銃弾が 撃ち抜いて
  青空 真っ赤な羽が隠した



イントロ〜歌詞冒頭は、
「鉛色の曇り空・カテドラル前の噴水広場」。
噴水の縁に腰かけて、広場から飛び立つ鳥を眺める老人。

そして2行目は、西アフリカだか東南アジアだかの
ゲリラ組織に加わり、機関銃を手にした少年兵のイメージ。

銃弾に打ち抜かれた「平和の象徴」は、
鳴き声もあげず、血に染まった羽を散らせながら
まっさかさまに落ちていく。


  父親は 片道の旅に出る
  幼子は その帰り待っている
  乾いた大地に 落ちた十字架



Aメロ2段目は、中東の戦地に派遣されるアメリカ兵と、
何も知らずに自宅で待つ幼い子供。
…その父親がどうなったかは、語るまでもなく。


  同じ理想描きながら 人は
  違う信仰のため 互い傷つけ


   :

  同じ地球に生きながら 人は
  違う理想に縛られて 互い憎んで



何の争いごともなく。
互いに笑顔をかわしながら。
誰もがそうやって過ごしていきたいはずなのに。

信じるもの、拠って立つところがほんのちょっと違うだけで、
人は互いに罵りあい、傷つけあい、そして憎みあう。
その「ほんのちょっとの違い」は、
どこまでも深い急流のように我々を隔てる。



  聴こえない歌を叫び 流した血は
  誰にも届かぬまま消えて
  かなわない願い 嘘っぱちの救世主
  僕らの祈り声を嘲笑うように 鐘は響く



かつて救世主とされた存在たちが、
今の世の人々を救ったことがあるのか。
傷つけあうだけの世の中に何もしてくれないのに。




──そんな想いを刻むようにして、この歌詞はできあがりました。



あれから7年。
世界は平和に向かうどころか、より細切れに分断され、
人々の憎しみもさらに先鋭化している気がします。

この歌詞を「そんな時代もあったね」と言える日は、
我々の生きているうちに来るでしょうか。
posted by mak.kanz@wa at 01:18| Comment(0) | TrackBack(0) | ライナーノーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月01日

自作詞ライナーノーツ#24 「Tokyo Tumbleweed」

気がつけば、昨年は全くブログを更新していませんでした…orz



ということで、久々のライナーノーツ(1年半ぶり!)。
こちらの曲です。


[ニコニコ動画]


[YouTube]


[ピアプロ]

Tokyo Tumbleweed powered by ピアプロ

[歌詞]
http://piapro.jp/content/smaf2nm85h27ylhb


nocchi1031氏(パレットP)とのコラボも、これで9作目となります。


前回のコラボ曲「I (Don't) Wanna Die」から約1年10ヶ月。
1月中旬にオーダーをいただいた際には、あまりに久々だったため、
小躍りして喜んでしまいましたw



いつものように譜割おこししながら、オケからイメージしたのは
「荒野のような寂寥感」。
たぶん、ガットギターの音色がそう感じさせたんだと思います。

当初は、あえてオケに対抗するような
力強い系の歌詞を乗せてみようかとも考えたのですが
(タイミング的に書きたい題材もあるにはあったので)、
うまくフレーズがハマってくれなかったので、そっちの路線はやめることに。
当初のイメージに沿う歌詞を…と考えていたところ、
手持ちのタイトルの中にひとつハマりそうなフレーズがあったので、
そこから歌詞をおこしていくことにしました。

それが今回のタイトルである「Tokyo Tumbleweed」です。



西部劇なんかでよく見られる、
荒涼とした大地を風に吹かれてころころと転がっていく丸い草。
その姿は、いつ見てもあまりにもの寂しく。

翻って、この大都会の中でひとりぼっちでいる人というのは、
まさに街の雑踏(という名の風)に吹かれ、転がっていく
タンブルウィードのようなものなのではないだろうか、

…そう思ったとき、サビのフレーズが「ぽん」とメロディにハマりました。


  僕は Tumbleweed
  このきらびやかな砂漠で ひとりきり
  雑踏に流されて きょうも転がって
  何を すればいい?
  どこへ 行けばいい?




私事ですが、2014年の末から職が変わり、
今はタクシードライバーをしています。
毎日のように都心をぐるぐる走り、
拾ったお客さんにいろんなところへ運ばれていく我が身は、
ある意味「都会を転がるタンブルウィード」なんじゃないだろうか、

…そういう想いも、この歌詞の下敷きとしてあったりします。
なので、今回もまた「インターナルな歌詞」から抜け出せなかったわけですがorz


nocchiさんからは、Twitterで「大人な歌詞」という過分な評価をいただきましたが、
書いてる当人は全然おとなじゃないし、
歌詞に込めた意味合いもむしろ大人というよりは厨二病全開だったりするのですがw

# それゆえ、動画に「おれらのうた」タグがついてたのには
# 結構驚いたわけですがw
# (あんな個人的歌詞がそういう解釈をしてもらえたのか、と)



全編を通して流れるガットギターの音色に、
転がるタンブルウィードの様を重ね合わせながら聴いていただければ幸いです。




posted by mak.kanz@wa at 22:37| Comment(0) | TrackBack(0) | ライナーノーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月05日

自作詞ライナーノーツ#23 「帰郷」

ちょっとした事情で時間をつくることができたのでゴニョゴニョ(謎


今回のライナーノーツはこちらです。


[ニコニコ動画]


[ピアプロ(ミクバージョン)]

【ProjectFS】 帰郷 (2008年08月向け・主) -Ver1.09c- powered by ピアプロ

[ピアプロ(ルカバージョン)]

【ProjectFS】帰郷 ルカ版Ver2.09a powered by ピアプロ

[歌詞]
http://piapro.jp/content/k1g7o7fb06kob993


かつて、ピアプロで活動していたユーザーコラボ
『ボカロで綴る季節の歌プロジェクト (ProjectFS)』において、
2008年8月度のお題(夏祭り/盆踊り)として書いた歌詞です。



過去にライナーノーツを書いた「つきにおもいを」も、このProjectFSで制作した楽曲ですが、
自分が作詞を担当したFS楽曲としては、この「帰郷」が最初の楽曲です。



お題となった「夏祭り/盆踊り」というテーマから、まず思い浮かんだのは
「久々に故郷に帰って、夏祭りに顔を出す主人公」の姿。

どんなフレーズで組み立てていこうかと思いつつ、
なかなかことばが浮かばずにいたある日。
2コーラスBメロ部分にあたるフレーズが、突然ふわりと浮かんできました。


  あの頃とても 大きく見えた
  祭り太鼓のやぐらは
  いつの日からか 僕には少し
  小さく見えるようになった



これをきっかけに、頭の中に風景が一気に描き出されていって、



  山間の小さな町。
  メインの通りは結構寂れてきてるけど、
  それでも夏祭りのシーズンになれば、提灯が吊るされたり、
  出店が立ち並んだりして、日頃とは違うにぎわいを見せる。


  かたちにならない夢を追いかけ、
  幼なじみの女の子の笑顔も、友達も、
  何もかも放り出して都会に飛び出してから10年。
  追い立てられる日々にちょっと疲れ、
  ふと思い立って故郷の夏祭りに顔を出してみる。


  あの頃と変わらない、お国ことばの響きや、
  浴衣姿で笑いながら歩く少女たち、
  そんなひとつひとつの風景は、何も変わっていなくて、
  目まぐるしく変わり続けることを強要されるような日々の暮らしの中で、
  自分が何かを忘れていたことを思い出す…




──そんなストーリーの詞になりました。


例によって、自分が体験した情景とかじゃありませんw
(そんなに人生経験積んだりしてないしwww)

ただ、上述の通り、かなり明確にストーリーを描くことができたので、
いざ書き始めたら、仕上げるのはかなりスムーズではあったような気がします。
(もっとも、季節よりも主人公の心象風景を強く描いてしまった部分があるので、
 FSのテーマに沿った詞だったかどうかは…w)

当月の歌詞としてコラボメンバーに選んでもらえたのも、
そういう部分を評価していただけたのかなぁ、と思ったり。



ピアプロでのうp主コメにも書きましたが、
夏祭りと聞いて真っ先に思い出す曲はなぜか、谷村新司さんの「祇園祭」だったりします。

あの曲は「かなうことない遠い日の恋」がテーマですが、
ああいったもの悲しい雰囲気の曲をイメージして、
この「帰郷」を書いたのは事実です。

でも、詞を書いている間に脳内に思い浮かんだ風景は、
どちらかというと「郡上踊り」とか「おわら風の盆」とかに近い感じだったようなw

…まぁ、♪ちっちゃいことーは気にすんな、それワカチコワカチコ♪(古



実は、この歌詞を書き始めた際に、
同時に浮かんできた脳内メロに従って組み立てていったら
ちょっと変わり種な構成(A⇒A⇒B⇒サビ⇒間奏⇒B⇒大サビ⇒A)になったんですが、
そんなひねくれた構成の歌詞にピタリとハマる良いメロディをつけてくださった
GaschaPomさんには、とても感謝しています。
全編を通して流れるギターの音色・泣き具合も、また何ともいい感じで。


この季節、花火を眺めながら聴いていただけたりすると、
個人的にはとても嬉しいですw
よろしければぜひ。






 
posted by mak.kanz@wa at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ライナーノーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月14日

自作詞ライナーノーツ#22 「I (Don't) Wanna Die」

気力が残っているうちに早めの更新を…w


ということで、今回はこちらの曲のライナーノーツを。


[ニコニコ動画]


[YouTube]


[ピアプロ]

I (Don't) Wanna Die powered by ピアプロ

[歌詞]
http://piapro.jp/content/mejvxrxsdv0of7fr


nocchi1031氏(パレットP)とのコラボ8作目です。



今回も、特にテーマやイメージの指定はなし。
さっそくオケを落として聴いてみたのですが、

…イントロからいきなりのゴリゴリしたギターに、度肝を抜かれましたw
nocchiさんの曲の中でもハードチューンとして知られる
「Schuwartz」や「Emptiness」よりもさらにハードな印象の強い楽曲に、
一発でハートをわしづかみされました。


3周ぐらいで譜割おこしも完了し、歌詞のイメージを検討開始。
手持ちのタイトルの中から、これは合いそうだなーというのを2つほどチョイスし、
ぼつぼつと書き始めてみたものの、
…思ったよりフレーズが湧いてこずorz


そんなこんなで「これはどうかなー…」と思いながら、
3つめの候補タイトルとしてあてがったのが、
今回のタイトルである「I (Don't) Wanna Die」でした。




すべての人間に、唯一平等に訪れるもの、──「死」
そして、その前提となる「生」

それが、今回の詞のテーマです。



…ぶっちゃけな話、いくつになっても死ぬのは怖いです。

今こうして見ているもの、触れているもの、
大切な家族や友達、楽しい瞬間の数々、

それらがすべて永遠に失われてしまう。

真夜中、ベッドに寝転がってる時に、ふとそんなことを想像して
心臓が締めつけられそうに苦しくなって、眠れなくなることもあります。


  眺めているだけの風景が
  終わる日のことを 思い描いては 震えてる


  生きる行為に しがみつくだけで
  何ひとつ 解らぬまま



だけど、人は永遠に生きることなどできない。
むしろ、自分以外のすべての生命が消え失せた
「ひとりきりの世界」なんて、死ぬ以上に怖い世界でしかない。
そんな世界で生きたくない。

だから、いずれは「その時」を受け入れなければならないわけだけれど、
それならば、どんな風に生き、どんな風に死んでいけばいいのか。



遥か昔に読んだ詩に、こんな一節がありました。



  僕は死ぬ為に生きている
  檻の中で死ぬためじゃない
  自分で人生を開拓し
  後悔せずに死ぬ為に
  生きる




この歌詞を書き始めるにあたり、この詩が脳裏に浮かんできて、



  I wanna Live 願うなら
  ただ流されてくのではなく
  I wanna Die そう言える
  悔やむことのない日々を そのときまで


  生きる意味はたぶん 死ぬときに
  初めて解るものでしょう
  燃やすべきは いつの日か消える
  ただひとつだけのいのち


  この瞳が閉じる その瞬間に
  微笑っていられるように


  限りある人生を…



…そして真っ先にタイプしたのが、上記の一連のフレーズでした。



  心臓がその鼓動を止めるとき、一瞬でも我が人生を振り返って
  「あぁ、いい人生だったな」
  と、こころの底から思えるような。


  そんな人生を送れたなら、
  たぶん死ぬことも怖くなくなるんじゃないだろうか。


  そして、何のために・誰のために生まれ、
  そして生きてきたのか。
  それもきっと、最後に振り返った瞬間に知ることができるのではないか──




このフレーズを書きあげながら、そんなことを考えていました。

タイトルにおいて、「Don't」だけをわざわざカッコで括ったのにも、
実はそういう意味合いがこもっています。



これから、(よほどのことがない限り)少なくともあと30年〜40年は
続くであろう人生を歩みながら、
どこまでこの歌詞の心持ちに近づいていくことができるか。
そう考えながら、今日もまた日々を過ごしています。


たぶんこの歌詞は、これからの自分にとっての指針というか、
いつかたどり着くべきマイルストーンのような歌詞になるのかもしれません。




 
posted by mak.kanz@wa at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | ライナーノーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月18日

自作詞ライナーノーツ#21 「移り気レボリューション」

プライベートのモロモロもあり、またぞろブログが放置状態に…(;´д`)


ということで、重い腰をあげての更新。
今回は、こちらの作品のライナーノーツを。


[ニコニコ動画]


[ピアプロ]

移り気レボリューション powered by ピアプロ / サビ情報 by Songle

[歌詞]
http://piapro.jp/content/zs0b9jjv7wd2mfsr


以前、KOU@刹那さんとのコラボ曲「千年愛」(sm19262860)の編曲を担当していただいた、
静月乃微香さん(みっちゃんP)に歌詞を拾っていただいた詞先コラボです。



この歌詞自体は、2012年の7月にピアプロにアップ済みだったものです。
題材は、タグにもある通り「紫陽花革命」と称された、
首相官邸前での反原発デモ(と、その参加者)です。

当時、官邸前に集まり「原発再稼働反対」を声高に叫びたてる人々が、
そのデモを「紫陽花革命」と呼び、Twitter上でもハッシュタグを仕立てて
運動をさらに加速化させようとしていた時期でした。
(この名称自体は、たぶんチュニジアの「ジャスミン革命」をもじったのでしょう)

同時期、関西電力の大飯原発が、ストレステスト合格を受けて再稼働したこともあり、
デモ参加者はさらに過熱したような状態にありました。



しかしながら、Twitter上で「紫陽花革命」を支持するアカウントの発言を眺めてみると、
その多くには、共通する思想的傾向が見受けられました。

 ・東京電力に対する無慈悲なまでの糾弾
 ・浜通りから会津まで一緒くたにした挙げ句「福島は汚染されている」と中傷を連発
 ・東北(特に福島)の農産物・魚介類に対する猛烈な拒否反応
 ・放射性物質濃度の基準値および検査結果を全否定
 ・放射線・原子力の専門家による、知見や数値に基づいた見解も全否定
 ・それどころか、「危険寄り」でない発言をする人間は全部「御用○○」「工作員」呼ばわり

…他にも類型的な言動は枚挙に暇なしでしたが。



そういった「社会正義を謳うフリをしてヘイトをまき散らす」連中
心の底から苦々しく思えて我慢ならなかったので、
その気持ちをキーボードに叩きつけた結果生まれたのが、この歌詞です。


  「いのちを守れ」口々に 叫ぶヤツらのその目には
  今そこにある 生命の危機は映らない


   :

  Bye-bye, baby 移り気レボリューション
  吹く風に揺られるまま スローガンも日替わりメニュー
  So what, baby? わがままアジテーション
  ダシにしたこどもたちに 見せる背中はどこにある



反原発を声高に叫ぶ連中のもうひとつの共通点は、
揃いも揃って「こどもを守れ」というスローガンを掲げてることです。

「フクシマのこどもたちを守れ!被曝させるな、疎開させろ!」
みたいなことを正義ヅラして言う割には、
避難によるストレスや、風評被害による収入減に直面している
福島の大人たちの苦しみは知らんぷり。
それどころか、福島の農家を殺人者呼ばわりするようなヤツさえいる。
そんな連中が、どの口で「革命」などとのたまうのかと思うと、
怒りを通り越して失笑するより他ありません。


  同じ大地を 穢れだと呼ぶ
  汚い舌で革命だとか とんだお笑いぐさでしょ



こどもの生命をダシにして、多くの人を傷つけるその背中は、
こどもたちに見せる価値すらない煤けたものだということに、
彼らは気づきもしないのでしょう。


  動き始めたプラントに 謗りの声を投げつけて
  我が身のために 大義を振りかざす


   :

  Fxxkin' baby 正義感もファッション
  味方でも気に入らなきゃ 敵と決めつけ切り捨てる



このくだりは、反原発系のアルファアカウントである某大学教授が、
ちょっと中立的な発言をしただけで、別の反原発系アルファアカウントに
「御用学者」と罵られた…という事案を元にしたフレーズです。

わずかでも意に沿わない発言をした人間は、
たとえ昨日までの「同志」であっても即座に敵認定。
そこには社会正義なんてなくて、単に自分の主張を喧伝することで
耳目を集めたいというだけの、腐りきった欲望しか存在しないのでしょう。



そして、最後の


  ぜんぶウソなんて歌の どこに真実があるんだろう


は、福島第一での事故直後に斉藤和義が歌った曲
「ずっとウソだった」に対するアンチテーゼです。
(作詞時には記憶違いをしていて「ぜんぶウソ」と書いてしまいましたが、
 このライナーノーツを書くにあたって再度ググったら「ずっとウソ」だったんですね…w)


あの事故が起こるまでは誰も(俺も含め)、安全神話という「ウソ」に気づいてなかったばかりか、
むしろそのウソの傘の下で、恩恵を享受しながら生活していたわけで。
それが、事故のとたんに手のひら返しで電力会社を罵倒し、
「ずっとウソだった、ほんとクソだった」と悪し様にうそぶくその姿が、
紫陽花革命を支持する人々の姿に重なって見えました。
(ネットで話題になった当初から、あの曲には受け付けないものを感じていましたが。
 書きおろしじゃなくて替え歌だという「やっつけ仕事」な点も含めて)


  まるで「事故のおかげで、俺は真実に気づいた」みたいに歌ってるけど、
  そんなことばの、いったいどこに「真実」がある?
  おまえが真実だと思ってる存在も、ひと皮剥いたらまた「ウソ」かもなんだぜ?



…この最後の1行には、そんな気持ちを込めています。



かくのごとく、かなり直接的かつ攻撃的な内容であることは自認していたので、
「曲募集中」のタグこそつけてはみたものの、
正直なところ、拾ってもらえる可能性はないだろうと思っていました。

それを拾ってくれた上に、
ラップ風味のフレーズまで織り交ぜたカッコいい曲に仕上げてくださった
みっちゃんP氏には、ただただ感謝のひとことに尽きます。



そしてこの作品のタイトルなんですが、アジサイの花言葉からとっています。
(もう想像ついてることとは思いますが)

かつては1万人規模の動員があったと言われる官邸前デモも、
今ではまた数百人〜1000人程度の規模に落ち着いているとか。

残り9000人はどこに行ったんでしょう。
「移り気」という花言葉をなぞるように、糾弾するターゲットを変えたんでしょうか。
それとも単に、お祭りに飽きたんでしょうか。





 
posted by mak.kanz@wa at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | ライナーノーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月03日

自作詞ライナーノーツ#20 「Another Dimension −どこにいても−」

気がつけば、5月末以来ブログを更新してませんでした…w
ライナーノーツに至っては、すでに1年以上手つかずというねwww


…いや、笑ってる場合じゃない(´・ω・`)


フィギュアスケート関係の記事は、ぼかふぁんで日記を書いてるので、
今回はほったらかしだったライナーノーツを。
こちらの曲です。


[ニコニコ動画]


[ピアプロ]

Another Dimension −どこにいても− powered by ピアプロ

[歌詞]
http://piapro.jp/content/8mrh9zoe792b6274


nocchi1031氏(パレットP)とのコラボ7作目です。



オーダーをいただいたのは9月の上旬。
特にテーマやイメージの指定はなしとのことで、
いつもの通りに譜割おこしかねがねの聴き込みを開始。

イントロから続く静かなオケ&メロディが、
サビに入った途端に激しくなる様から、
当初浮かんだイメージは「静謐と激情のあいだ」というようなものでした。
それに沿わせる形で歌詞をひねり出そうとしたものの、
折りしも創作バイオリズムの下降期(人はそれをスランプと呼ぶ)に
入ってしまった状況で(…というか未だにですがorz)、なかなかいい歌詞が出ず。


そんな折、ふとこの新聞記事が目にとまりました。


  娘よ最期の場所は あの日から2年半、不明長女捜し続ける(河北新報)
  http://www.kahoku.co.jp/news/2013/09/20130912t13017.htm


すでに元記事の掲載期間が経過してしまっているので、
Web魚拓を貼っておきます。
http://bit.ly/1bBVTMS


その記事文中の以下の箇所を読んだ瞬間、
胸の奥をかきむしられるような、そんな感情が迫ってきて、
どうにもできませんでした。


--- 以下記事引用(改行はこちらで入れました) ---

  …残された2人の娘のため、仕事に没頭した。
  時が過ぎれば悲しみは癒える。そう思ったが、薄らぐことはなかった。

  生活は落ち着きを取り戻した。
  一緒に買い物したショッピングセンター、好物のそば−。
  ふとした拍子に思い出す長女のイメージはより鮮明になった。
  屈託のない笑顔が目に浮かぶ。見つけてやれない悔しさが募る。

   :

  墓に遺骨はない。支所で犠牲になったとの話も推測でしかない。
  美里さんのランドセルだけが支所から約2キロ上流で発見された。
  どこで手を合わせても釈然としない。

  「最期にいた場所はどこなのか。早く見つけて供養をしてやりたい」

   :

  「美里」の名前は自分が付けた。
  将来、北上町を離れても自然豊かで美しい古里を忘れないでほしい、
  と願いを込めた。

  震災後1年は海を見るのが嫌だった。
  今は河口に来ると美里さんに会えるような気がする。

  「大好きだった海のかなたに行ってしまったのかな。
   それなら会いに来た父の姿を見てくれている」

  そう信じている。

------



…この記事を読んだことで、歌詞の方向性はまったく変わりました。

浮かんだテーマは、

「故人への尽きせぬ愛情と、前を向いて歩もうとする魂(こころ)

そこに、かねてからの「手持ちタイトル」の中から、
今回の作品のタイトルを組み合わせて、本格的に作詞を開始しました。



  立ち止まれば 聴こえるのは 咽ぶような波音
  喪失感は あらわれることもないまま募って


   :

  きみがいないこの世界に 慣れてくのが怖くて
  振り返りもしないままに 走り続けてたけど
  新しい靴は小さくて 転んでばかりで
  擦りむいた膝よりもずっと こころが痛くて



Aメロに相当するこれらのフレーズは、
記事中の「時が過ぎれば〜悔しさが募る」の箇所からインスパイアされました。


  (おもてに)現れることも、(寄せる波に)洗われることもなく、
  時間の経過とともに、ただ澱のように積もりゆく、
  大切なひとがそこにいないという「かなしみ」。
  そして、そんなかなしみに満ちた世界に、いずれ否応なしに慣れてしまうこころ。
  それを振り切るために日々の生活に勤しんでも、
  胸の中の痛みは消えることはない──



そんな心象風景を記事から感じ、それをメロディの上に乗せてみました。



そして、Cメロから間奏・サビを挟んでアウトロに至るフレーズは、
記事末尾の

>  「大好きだった海のかなたに行ってしまったのかな。
>   それなら会いに来た父の姿を見てくれている」

のことばから生まれました。


  でも忘れてしまいたくない
  きみと僕が 笑い 泣いた
  かけがえない日々のことを
  そして今も どこかにいるきみのことを


   :

  僕はずっと ここにいるよ
  たとえ誰も いなくなっても
  きみをずっと 愛してるよ
  たとえきみが どこにいても



「愛してるよ」というフレーズから、
恋人との死別を思い浮かべた方も少なくないかもしれませんが、
今回念頭に置いたのは、恋人に限らず
「大切な誰か」を喪った人々のことです。


親を。
子供を。
配偶者を。
同僚を。
恩師を。
親友を。

それら「愛すべきひと」を喪った人々も、
ただかなしみに暮れて日々を無為に過ごしているだけじゃないはず。
亡くなったひとたちに恥じない人生を歩んでいこう、とこころに決めて、
立ち上がろうとしている人だって少なくない、


…そう思いながら、タイトルにも通じるこのフレーズを打ち込みました。


ピアプロにアップしてある歌詞にはあえて載せませんでしたが、
アウトロの部分に入っている英語コーラスにも、
「大切な誰か」への想いというものを込めたつもりです。

(簡単な英語なので、充分ヒアリングできると思います。
 なので、ここにも載せませんw 皆さんの耳で確認いただきたく)



今回のタイトルは、上述した通り、
ストックしてあった「手持ちタイトル」から採用したものです。
(nocchiさんとのコラボでは、手持ちタイトルを使用するのはこれが2作目ですが)

「Another Dimension」、…直訳すれば「もうひとつの次元」。
ですが、今回の場合は「此岸と彼岸」というような意味合いのつもりです。

今自分が立っている此岸。
大切な誰かがいるであろう彼岸。
その距離は果てしなく遠く、手を伸ばしても届かない。

…でも、大切なひとへの想いというのは、
いつでも・どこでも変わることはないものだ、と思っています。
「−どこにいても−」というサブタイトルには、
アウトロのフレーズの通り
「きみがどこにいても、僕は大切に想い続ける」
という気持ちを込めたつもりでいます。


  遠い空の下を濡らす雨も
  目を閉じれば止んでしまう まだ降ってるのに


   :

  当たり前にまわる 時計の秒針が
  記憶の糸 切ってしまう



当事者じゃない我々の記憶からは、
そんな「かなしみの風景」はどんどん消えていこうとしています。

でも、忘れていいはずがない。
今も「喪失感を負った日々」がそこにはあって、
それはたとえ街が復興しても、終わることなく続くのだ…ということを。


今回のこの歌詞は、震災に寄せる一作であるとともに、
自分に対する戒めの意味も含んでいます。
──「どこにいても、あの日を想え」という戒めを。





 
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2012年12月31日

自作詞ライナーノーツ#19 「あした」

年内にはもう1回ぐらい更新しておきたいなー、と思い、
時間を搾り出して記事を書くw



ということで、2012年最後の記事は、この曲のライナーノーツです。


[ニコニコ動画]


[ピアプロ]

あした powered by ピアプロ

[歌詞]
http://piapro.jp/content/w0p06kon7rc5raio


ゴゼン氏との(現在のところ唯一の)コラボ曲です。



2008年の12月、ゴゼン氏がピアプロで歌詞募集をかけているのが、
たまたま目にとまりました。
(歌詞募集時のURL: http://piapro.jp/content/x9svybfuh3a80j78

当時は、新着音源のチェック頻度が少々下がり始めていたタイミングで
(それでも今よりは高頻度でチェックしていましたが…)、
まさに偶然のタイミングで目にとまった曲でした。


早速ダウンロードし、譜割おこしを兼ねての聴きこみ開始。

ゴゼン氏いわく

> イメージ等はお任せします。
> 音に自分のイメージを込めたつもりです。

とのことだったので、
譜割おこしを兼ねて何度もオケを聴き込み、
ゴゼン氏が曲に託したイメージをつかもうとしました。



そのメロディラインから俺が感じたのは「優しさと前向きさ」。
きっとゴゼン氏は、そういうイメージをこの曲に込めたのだろう、と解釈して、
「ならばこっちも、そのイメージにフィットする詞を書こう」と、
ストックしていたタイトル案から、今回の「あした」というフレーズをチョイスしました。


そして最初に浮かんだフレーズが、


  きのうはきのう 今日は今日で 過ぎた時間は変わらなくて
  後悔ばかり増えるけれど それでも


   :

  あしたはあした 今日とすべてが同じわけじゃないから
  どんな小さなことも また始めればいいと教えてくれた



…の4行です。



  つまずいたり、ヘタ打ったり、余計なこと言ったり…
  いろんなことがあるけれど、起きたできごとは消せないから、
  昨日は昨日、今日は今日として生きるしかない。
  でも、どんなことがあっても、あしたという日は今日とはまた別の日としてやってくる。
  だから、そんな「あした」を精いっぱい生きていこうよ──




という想いを、それらのフレーズに託してみました。



若干後ろ向きっぽい「私」は、ちょっとしたことで落ち込んだりする自分の姿。
そして、そんな「私」を励ましてくれる「きみ」は、
そんな風になりたいという自分の理想。

どちらも、俺自身の気持ちを投影したつもりです。


そのイメージは、
ゴゼン氏が描いていたものにどうやらいちばん近かったようで、
歌詞を採用していただけました。

もともと、歌詞募集曲での採用実績が非常に少ないので、
単純に採用されたということ自体がもちろん喜びではあるのですが、
俺にとっては、MEIKOを使用した楽曲への歌詞提供は
これが初だったということもあり、その意味でも嬉しかったです。



歌詞投稿が可能になった2007年12月末以降、現在に至るまで、
ピアプロは慢性的に「歌詞書き供給過剰」状態が続いています。
そのため、ひとつ「歌詞募集」タグのついた曲がアップされれば、
ものすごい勢いでエントリーが殺到するという状況が、この当時からありました。

この曲も例に漏れず、全14作品という歌詞応募がありました。
エントリーした作詞家さんの中には、俺よりも優れた歌詞センスを持つ人が
多数いらっしゃったので、正直「厳しいだろうなー」と思っていた部分はありました。
そのため、採用のメッセージをゴゼン氏からいただいた時は、嬉しさと同時に、
若干意外な気持ちと、安堵の気持ちがないまぜになった感情を持ちましたw



ニコ動で見ると、歌詞に対する好評価コメントもいくつかいただいているようで、
歌詞書きとしては冥利に尽きるというか、僥倖の極みというか。

また、他のボカロやUTAUでのカバーバージョンがいくつかアップされているのを知り、
それだけ愛される曲に携われたということを、今は非常に嬉しく思っています。



そしてこの曲ですが、本日(2012/12/30)放送された
NHKラジオ第1『エレうた!』でオンエアしていただきました!

今回のテーマは「あした」ということで、
そのものズバリなタイトルのこの曲がリクエストされた…ということなのでしょうが、
…正直、まさかいきなり1曲目でかかるとは思ってもいませんでしたwww

それと、歌詞の


  今できること それは 今しかできない何か 始めることさ


のフレーズをが心に響いた…というのも、俺としては意外というか。
その部分を評価してもらえるとは思っていなかったので、驚きにも似た感情を持ちましたw


何にせよ、リクエストしてくださった方には、心から感謝したいと思います。




「あした」という日がどんな日になるかは、きっと誰にも判らない。
でも、きっと今日よりは少しいい日になるはずだし、そうしてみせる、

…そんな気持ちで聴いていただければ嬉しいです。



 


PS:KarenTからの配信アルバム『15 a.m.』にも、本作が収録されています。
   よろしければぜひ。
   http://karent.jp/album/22

 
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2012年10月10日

自作詞ライナーノーツ#18 「Folhas Secas」

前回の記事から2ヶ月半ぶり。ライナーノーツとしては7ヶ月ぶり。
どんだけサボってんだとの謗りは免れないw


…それはさておき。
今回のライナーノーツはこちらの曲です。


[ニコニコ動画]


[ピアプロ]

Folhas Secas powered by ピアプロ

[歌詞]
http://piapro.jp/content/2sxq948f909bgbeh


nocchi1031氏(パレットP)とのコラボ6作目になります。



今回も、作詞のオーダーはTwitterのDMから。
例によって、歌詞のイメージについての指定などあるかを訊いてみたところ

「『Porta da Vida』に近い方向性で、秋の匂いをプラス」

という返信が。


「ということは、やっぱ『大人っぽい女性』のイメージだから、…どうしようかなぁ」

と、DLしたオケを聴きながらしばし思案投げ首。



3周ほど聴き込んで、譜割おこしが完了した頃、ピンとアイデアが。


「『Porta〜』では、待つ女の強い意志のようなものを描いたけど、
 …いつだって強いままでいられるわけじゃないだろう。
 待つ時間の間には、寂しさに心折れそうになることもあるかもしれない。
 そんな『待つ女の弱さ』を描いてみよう」


そう思い立ち、最初にタイプしたのが、大サビのフレーズでした。


  ひとりで 夢を見ることに
  疲れ果てて 流した涙さえ
  あなたは 気づかないのでしょう
  そしていつか わたしが散ってしまうのも



つまりこの歌詞は、「Porta da Vida」のアザーサイドストーリー的なポジションになります。
ということで、当然のことながら歌詞の中の主人公も、「Porta〜」と同じ女性です。
(動画公開初日のうちに、察しのいいリスナーの方のコメントがあったのには参りましたw)



  「彼女」は今夜も、裏路地の酒場のステージで歌う。
  でも、深い優しさをたたえて微笑む彼女のその瞳には、
  ずっと待ち続ける「孤独の時間」がひそんでいる。

  戻らない「彼」を待つことに時として疲れ、寂しさを感じても、
  抱きしめてくれるひとのいない夜。

  『樹々の枝をこぼれ落ち、かさかさに乾いて逝く枯れ葉のように、
   わたしが散ってしまう──その前に、あなたにそばにいてほしい』




というイメージです。

そのため、歌詞にも一部、「Porta〜」からインスパイアされたフレーズを盛り込みました。


  いくつの夜を 越えてもまだ
  変わらない日々を 今日もうたう
  振りまく笑顔の裏側に
  ため息隠して そっとドアを閉める

  港から街へ続く坂道は 樹々の色に似た石畳
  足もとで眠る 枯れ葉眺めては
  今ここにいない あなた想いながら 目を閉じる



きょうのステージを終え、港の裏路地の酒場から家路へつく彼女。
その足もとには、風に舞うこともなくひっそり積もる枯れ葉。


  ずっとここにいる そう言ったけれど
  孤独に慣れたわけじゃない
  風に遊ばれた枯れ葉が わたしのこころの水面で軋んでる



「Porta〜」の最後で、「ずっとここにいるから」と言った彼女。
でも、ずっとひとりでいられるほど強くないそのこころの中で、
枯れ葉はかさかさと静かにざわめく。


  人生に 冬が来る前に
  もし この声届くなら
  凍えてしまわないように
  わたしのことを そっと抱きしめて



だから、このこころが枯れてしまう前に。
冬の寒さに凍えてしまう前に。
一瞬でもいいから戻ってきてほしい。わたしを包んでほしい。



…そういう、「彼女」のこころの奥底を描いてみたつもりです。



タイトルですが、「Porta〜」と対を成す歌詞であることを考え、
今回もポルトガル語にしてみようと思いました…が、
英語以上になじみのない言語なので、いいフレーズを探すのに四苦八苦w


悩みに悩んだあげく、秋のイメージとして盛り込んだ「枯れ葉」ということばを、
そのままポルトガル語にしてタイトルにしようと思い立ち、
Googleで「枯れ葉 ポルトガル語」で検索してみたところ、
ポルトガル語で「枯れ葉」を意味する「Folhas Secas(フォーリャス・セーカス)
というタイトルのサンバ楽曲(しかも結構メジャーな曲らしい)があることが判明。

http://blog.goo.ne.jp/ryotaro_pianista/e/b6d117a264abd9b42c023f1b22173657

「…だったら、使わせてもらおう」と思い、このタイトルに決めた…というところですw



今回も、rumecoさんのイラストは、慈母のような深い包容力を感じる美しいイラストで、
「やはりnocchiさんの曲にはこの人のイラストだなぁ」と実感しました。

「自分の歌詞は、曲と絵に負けっぱなしなんじゃないだろうか(´・ω・`)」
なんて毎度々々思いながらも、完成した動画を見た時の高揚感とカタルシスが欲しくて、
こうして作詞しているのだろうなー…と思ったりしました。



前作とはまた違う、季節を感じるガットギターの音色を噛みしめながら、
聴いていただければと思います。



 
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2012年03月06日

自作詞ライナーノーツ#17 「瓦礫の海」

もはやひと月に1回更新があればいい方だ、状態な拙ブログw
久々にライナーノーツ更新です。


今回のライナーノーツはこちら。


[ニコニコ動画]


[ピアプロ]

瓦礫の海 powered by ピアプロ

[歌詞]
http://piapro.jp/content/ugn7yksexq81u54m


nocchi1031氏(パレットP)とのコラボ5作目になります。



誕生日(2/17)の朝、通勤電車の中でぼへーっとTLをチェックしていたら、
クライアントが新着メッセージのバッヂを表示。
開いてみると、それはnocchiさんからの作詞依頼。

「うはwww偶然とはいえ超嬉しい誕プレもろたwwwヒイヤッハー!!!(AAry」
と小躍りしながら、職場に着くなりそそくさとオケをDLし、
昼休みを利用して譜割おこし。


…耳に飛び込んできたのは、みなぎるような疾走感のあるリズムと、
ひりひりと痛む傷のような切ないメロディ。

その瞬間、「この曲には、このテーマを乗せなければ」と思い立ち、
ちょっと前から思い描いていた内容を書きつけはじめました。



すでに聴いていただいた方や、歌詞を見てくださった方には
もう想像がついていることとは思いますが、本作は

東日本大震災の災害廃棄物(震災由来瓦礫)の広域処理受け入れ拒否

が根底のテーマです。




2/9の記事でもちょっと触れましたが、俺の実家の菩提寺は宮城県沿岸の某町にあります。
マイクロバスで寺へ向かう道すがら、車窓から見える海岸近くの住宅地は、
ほとんどの区画が更地か、さもなければ建物の基礎だけを残してすべてが消え失せていました。
かろうじて残った家屋も、1階部分を半分ほど波に抉られたり、
窓ガラスがすっかり割れ落ちてサッシだけになっていたりと、惨憺たるありさまでした。


  何もかも消え失せた町と 空っぽのわたしに雪が降る
  あの日を忘れたかのように 凪いだままの海



曲冒頭の歌詞は、あの日俺自身があの町で見た、そのままの風景です。


1年近く経っても、何ひとつ終わっていない、震災という現実。
それを目の当たりにした時、全国各地で起きている『瓦礫受け入れ拒否』という問題が、
やりきれない感情をもって、俺のこころの中で鎌首をもたげ始めました。



自分の住まう東京都は、早い段階から広域処理受け入れを表明し、
実際に宮古市や女川町の瓦礫の処理を担当してきました。
それもあって、他の自治体で瓦礫処理に反対する市民
(…と言っていいのか不明な連中もいますが)たちの声に、
違和感と腹立たしさを感じていました。

被災地だけでは処理しきれない膨大な量だから、協力してほしい。
国全体で手をとって、復興を進めるために。


  堆く積もった絶望 その中に希望を探すのは
  ひとりじゃできないから 手を貸してほしいだけ



それだけのことなのに、なぜ協力できないのか。


原発から150km以上離れた町(当時の風向き的にも、放射線には汚染されていない)の、
線量的には通常の産業廃棄物と何ら変わるところのない瓦礫を処理するわけであって、
何も福島第一原発の原子炉から持ってきた燃料棒を直接地中に埋めるわけじゃない。


  なのに 見えない何かを 疑い恐れて
  すべてを 拒絶するのはなぜなの





にもかかわらず、地図で確かめることすら放棄したかのように、
東北全域を高濃度汚染地域のように呼ばわり、
「放射能まみれのゴミを我々の街に持ち込むな!こどもたちの健康を守れ!」
などと喚き、線量計測の結果にすら目をそらす、
恐怖におびえた視野狭窄なひとたちの姿が、これでもかと報道される。


  かすかな願いに 耳をふさぎ
  穢れはいらないだなんて
  勝手な叫びは 誰のためなの





そういった報道を目に・耳にするたびに、こころの中に澱のように降り積もる怒りと悲しみ。


この曲のオケをひと通り聴いた時、その感情が自分の中ではじけました。




津波は町を飲み込み押し流し、瓦礫にしてしまった。
そしてその瓦礫が、ひととひととのこころのつながりを押し流してしまった。

そんなことを思いました。


  瓦礫が押し流した 絆を探して
  いつまでわたしたちは さまようのだろう
  嘆きの海を



「わたしたち」とは、

復興に向けて、あがきながらでも前に進みたいと願いながらも、
遅々として進まない道のり(瓦礫処理のみならず、政府の施策なども含め)の前に、
悲しみにくれる被災地のひとびとであり、

些細な──それでいて強大なエゴに拠って、
同じ国にいるひとびとと共に手を取りあうことを拒否してのける者がいるという事実に、
諦めそうになってしまう我々ひとりひとりのことでもあります。



今回たまたま、震災から1年が経とうとする節目の時期に、
この歌詞をものすることになったわけですが、
3/11に間に合うかどうかは、作詞する上では全くどうでもいいことでした。

この想いを。
この叫びを。
形にしなければ、自分が自分でいられなくなるような、そんな気がしたから、
俺はこの詞を書き上げました。




そんな俺の気持ちを汲んでくれたかのように、この歌詞をボツにすることなく、
絞り出すようにかすれた声で歌わせてくれたnocchiさん。
(特に「自分の領域だけが〜」の部分は、まるでMEIKOが涙声で歌っているようで、
 こみ上げるものを禁じえませんでした)

そして、その声に絵という生命を吹き込んでくれたrumecoさん。

[イラスト(ピアプロ)]

瓦礫の海 powered by ピアプロ


おふたりには感謝してもしきれません。




東北の血を引く民として、今書けるありったけの想いを・魂を、
この歌詞には込めたつもりです。
聴いてください。お願いします。





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2011年12月11日

自作詞ライナーノーツ#16 「Ace In The Hole」

2ヶ月半ぶりの更新になってしまいましたw
…いや、Twitterに慣れると、ブログの更新がついつい億劫になってwww


ライナーノーツに限って言えば4ヶ月ぶりですがw
今回は、にゃっぽんの日記コメで某まいぽんさんから「LN期待」と
リクエストをいただいていたこちらの曲です。


[ニコニコ動画]


[ピアプロ]

【初音ミク】 Ace In The Hole 【コラボ】 powered by ピアプロ

[歌詞]
http://piapro.jp/content/pin55ou6j6z0t3mk


のろりん氏の歌詞募集曲に応募し、採用された作品です。



ゴールデンウイーク突入した頃だったでしょうか。
「歌詞募集」のタグを徘徊していたところ、のろりん氏のこの曲を発見。
聴いてみたら、非常にゴリゴリした感じの、俺のツボをくすぐるような
カッコいいギターサウンドが。
「よし、これは応募してみよう」と思い立ち、
いつものように手持ちのタイトル候補一覧を開いてチョイスする作業にw

2コーラスのAメロで、たたみかけるような早口のフレーズが入ってくるあたりも、
創作意欲をいたく刺激される部分でした。


そして選んだのが、今回のタイトルでもある「Ace In The Hole」
「最後の切り札」を意味する英語のスラングです。


もともとこのタイトルフレーズは、遠い昔に読んだマンガ
パイナップルARMY』で見かけて以来、
非常に気に入っていたフレーズで、いつか歌詞のタイトルにしてやろうと思っていました。
ハードロック色の強いオケを聴いて、
「よし!このタイトルでいっちょ厨二的なメッセージ色の強い歌詞でも」
と目論んで、早速作詞開始。

…そう、当初は
「これが俺の切り札さ、誰にも負けたりしないぜ〜♪」
的なところを目指していました。


しかし、いざ書き進めてみたら、なぜか
「根拠もないのに自信過剰なオトコの横っ面を張っ倒して出て行くオンナ」
が主人公にw
そして、わざわざ「切り札」というフレーズを盛り込む必要性もない歌詞に…

ほんとに、なぜそういう展開になっていったのかが
未だに自分でも解りませんwww
まさに「どうしてこうなった(AAry」というのが正直なところ。
採用してもらえたので、結果オーライなのかもしれませんがw


途中で詞の方向性がそういう流れに固まったあたりからは、
できるだけ韻を踏むことを心がけながら書き進めていったつもりですが、
それもうまくいっているのかどうかあやしいところで…



それでも、一応個人的に気に入ってる箇所もありまして。

1コーラス冒頭の


  あなたはいつでも 色あせた壁を向いて
  せわしなく右手動かしてばかり



は、あらゆる現実に背を向けて、PC(またはケータイ)の画面にばかり見入って、
マウスかちゃかちゃ(またはテンキーぽちぽち)してる様なわけですが、
その行動を自慰行為になぞらえるような体にしています。
というより、意図的に「そう聞こえる」ようなフレーズにしてみました。

にゃっぽんの日記コメでも、この部分には特に好評をいただけたので、
俺としてはそれなりに満足していますw



正直、ニコの再生数は驚くほど伸びていませんが(ぉ
ほんとにカッコいいサウンドなので、ぜひ聴いていただければ。





posted by mak.kanz@wa at 06:09| Comment(0) | TrackBack(0) | ライナーノーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする