2012年10月10日

自作詞ライナーノーツ#18 「Folhas Secas」

前回の記事から2ヶ月半ぶり。ライナーノーツとしては7ヶ月ぶり。
どんだけサボってんだとの謗りは免れないw


…それはさておき。
今回のライナーノーツはこちらの曲です。


[ニコニコ動画]


[ピアプロ]

Folhas Secas powered by ピアプロ

[歌詞]
http://piapro.jp/content/2sxq948f909bgbeh


nocchi1031氏(パレットP)とのコラボ6作目になります。



今回も、作詞のオーダーはTwitterのDMから。
例によって、歌詞のイメージについての指定などあるかを訊いてみたところ

「『Porta da Vida』に近い方向性で、秋の匂いをプラス」

という返信が。


「ということは、やっぱ『大人っぽい女性』のイメージだから、…どうしようかなぁ」

と、DLしたオケを聴きながらしばし思案投げ首。



3周ほど聴き込んで、譜割おこしが完了した頃、ピンとアイデアが。


「『Porta〜』では、待つ女の強い意志のようなものを描いたけど、
 …いつだって強いままでいられるわけじゃないだろう。
 待つ時間の間には、寂しさに心折れそうになることもあるかもしれない。
 そんな『待つ女の弱さ』を描いてみよう」


そう思い立ち、最初にタイプしたのが、大サビのフレーズでした。


  ひとりで 夢を見ることに
  疲れ果てて 流した涙さえ
  あなたは 気づかないのでしょう
  そしていつか わたしが散ってしまうのも



つまりこの歌詞は、「Porta da Vida」のアザーサイドストーリー的なポジションになります。
ということで、当然のことながら歌詞の中の主人公も、「Porta〜」と同じ女性です。
(動画公開初日のうちに、察しのいいリスナーの方のコメントがあったのには参りましたw)



  「彼女」は今夜も、裏路地の酒場のステージで歌う。
  でも、深い優しさをたたえて微笑む彼女のその瞳には、
  ずっと待ち続ける「孤独の時間」がひそんでいる。

  戻らない「彼」を待つことに時として疲れ、寂しさを感じても、
  抱きしめてくれるひとのいない夜。

  『樹々の枝をこぼれ落ち、かさかさに乾いて逝く枯れ葉のように、
   わたしが散ってしまう──その前に、あなたにそばにいてほしい』




というイメージです。

そのため、歌詞にも一部、「Porta〜」からインスパイアされたフレーズを盛り込みました。


  いくつの夜を 越えてもまだ
  変わらない日々を 今日もうたう
  振りまく笑顔の裏側に
  ため息隠して そっとドアを閉める

  港から街へ続く坂道は 樹々の色に似た石畳
  足もとで眠る 枯れ葉眺めては
  今ここにいない あなた想いながら 目を閉じる



きょうのステージを終え、港の裏路地の酒場から家路へつく彼女。
その足もとには、風に舞うこともなくひっそり積もる枯れ葉。


  ずっとここにいる そう言ったけれど
  孤独に慣れたわけじゃない
  風に遊ばれた枯れ葉が わたしのこころの水面で軋んでる



「Porta〜」の最後で、「ずっとここにいるから」と言った彼女。
でも、ずっとひとりでいられるほど強くないそのこころの中で、
枯れ葉はかさかさと静かにざわめく。


  人生に 冬が来る前に
  もし この声届くなら
  凍えてしまわないように
  わたしのことを そっと抱きしめて



だから、このこころが枯れてしまう前に。
冬の寒さに凍えてしまう前に。
一瞬でもいいから戻ってきてほしい。わたしを包んでほしい。



…そういう、「彼女」のこころの奥底を描いてみたつもりです。



タイトルですが、「Porta〜」と対を成す歌詞であることを考え、
今回もポルトガル語にしてみようと思いました…が、
英語以上になじみのない言語なので、いいフレーズを探すのに四苦八苦w


悩みに悩んだあげく、秋のイメージとして盛り込んだ「枯れ葉」ということばを、
そのままポルトガル語にしてタイトルにしようと思い立ち、
Googleで「枯れ葉 ポルトガル語」で検索してみたところ、
ポルトガル語で「枯れ葉」を意味する「Folhas Secas(フォーリャス・セーカス)
というタイトルのサンバ楽曲(しかも結構メジャーな曲らしい)があることが判明。

http://blog.goo.ne.jp/ryotaro_pianista/e/b6d117a264abd9b42c023f1b22173657

「…だったら、使わせてもらおう」と思い、このタイトルに決めた…というところですw



今回も、rumecoさんのイラストは、慈母のような深い包容力を感じる美しいイラストで、
「やはりnocchiさんの曲にはこの人のイラストだなぁ」と実感しました。

「自分の歌詞は、曲と絵に負けっぱなしなんじゃないだろうか(´・ω・`)」
なんて毎度々々思いながらも、完成した動画を見た時の高揚感とカタルシスが欲しくて、
こうして作詞しているのだろうなー…と思ったりしました。



前作とはまた違う、季節を感じるガットギターの音色を噛みしめながら、
聴いていただければと思います。



 
posted by mak.kanz@wa at 01:14| Comment(0) | TrackBack(0) | ライナーノーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月22日

これでいいのだ。

初音ミクのリリース直後からニコニコ動画で活動し、
歌詞・メロディ・オケ・ボカロ調整技術のいずれもハイクオリティな楽曲で
多くのボカロ民から支持を集めている、ぺぺろんPこと虹原ぺぺろん氏。


2012年8月29日に、Avexのレーベル・HPQより、
アルバム『ReFraction -BEST OF Peperon P-』でメジャーデビューとのことで。


[初音ミクwiki]
http://www5.atwiki.jp/hmiku/pages/22279.html

[Amazon購入ページ]
ReFraction -BEST OF Peperon P- (ALBUM+DVD) [CD+DVD] / 虹原ぺぺろん (CD - 2012)
http://www.amazon.co.jp/dp/B0089F2S0S



アルバムリリースの一報が出た時点から、
俺にとって気になっていたのは「トラックリストはどうなるんだろう」ということ。

このブログを開設して、いちばん最初にライナーノーツを書いた曲でもあり、
虹原氏との唯一の(おそらくは最初で最後の)コラボ曲である「Bye-bye My Blue Bird」。





ぶっちゃけて言ってしまえば、この曲が収録されるのかどうかの一点に尽きた。


しかしその後、虹原氏のツイートで
「殿堂入り曲はほとんど入ります。尺の関係で入らないものもあるけど」
という発言を目にしたことで、悩みはほぼ解消された。

そして、上にも貼ったミクwikiの記事で、トラックリストを確認。


「あぁ、やっぱり入らなかったか。よかった」


と、胸をなでおろして安堵した。



メジャーアルバムに自分の作詞した曲が入らなかったということであれば、
悔しがったり残念がったりするのが本筋なのかもしれない。
が、負け惜しみでも何でもなく、俺は「Bye-bye My Blue Bird」が
このアルバムに収録されなくてよかったと心から思っている。


この記事でかつて書いた通り、
俺は歌詞の著作権を信託(全信託・部分信託のいずれであっても)するつもりはない。
そして、その方針は今でも変わっていない。

メジャーレーベルからアルバムがリリースされるともなれば、
当然その収録楽曲には、著作権が信託される余地が発生する。
(今回、『ReFraction』の収録楽曲が部分信託されるかどうかは知らないけど)

自分の書いた歌詞がそういう危険性に晒されるというのは、非常に由々しき問題であるわけで。




俺にとって、自分の書いた歌詞というのは、手塩にかけて育てた娘のようなもの。
そして、その「娘」を育てたのは、
コンポーザーさんの書いた「楽曲」という伴侶と添い遂げてもらうためであって、
音楽出版社とかいう得体の知れない女衒に売り飛ばすためじゃない。


ミクGTコンピアルバムに「Set and Go!! −with Advanced Rhythm−」が収録される際に
OKを出したのも、楽曲の著作権は信託されない、ということが確認できたからの話。
(実際問題、アルバム発売後も俺は一銭も受け取っていない。そういう契約にしてもらったので)



好きなこと・書きたいものを歌詞にして、それが運よく曲になれば、俺はそれだけでいい。
mp3ができた時点で、俺の欲望は達成されているのだから。
(ニコ動も、俺にとっては所詮オプションのひとつにすぎない)

信託されて金もらっても嬉しくないし、そういう話は面倒で仕方ない。
その先の活動に対するプレッシャーにもなってしまうし、
書きたいものも書けなくなりそうで、嫌だし怖い。
そもそも金もらえるクオリティの詞だとも思えないし。



虹原氏が「Bye-bye My Blue Bird」を『ReFraction』に収録しなかった理由は、
たぶん全く別のところにあるんだろうとは思う。
でも、俺にとっては結果的に、面倒なことにならずに済んだ(金銭的にも活動ポリシー的にも)わけで。
そういう部分でも、逆に虹原氏に感謝したいぐらいの気持ちでいる。

posted by mak.kanz@wa at 04:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月24日

悪いコトしてるわけでもないのに。

シンコーミュージックから隔月刊で発売されている雑誌『ゲッカヨ』。
ボカロ・歌ってみたに力を入れていることもあり、
ボカロクラスタや歌い手クラスタの人にはそれなりに知られた雑誌である。
http://www.gekkayo.jp


その『ゲッカヨ』が、誌面連動企画として、
以下の曲に対する歌詞募集を行っていたので、2本ほど応募してみた。





で、その選考結果が、3/23に発売された『ゲッカヨ』vol.2に掲載されるということで、
今日書店で購入してきた。
…選考結果については、また日を改めて書かせていただくということでw(ぉぃ



今日の本題は、今回入手した『ゲッカヨ』の読者ページにあったある投稿。
あまりな内容だったので、全文転載させていただく。
(ゲッカヨさんごめんなさい)



  ピアプロで作詞活動しているのが親に見つかって、ケータイごと没収…。
  ミクのオリジナル曲動画を制作中だったのに、
  アカウントも削除されてしまいました。
  おかげで絵師さんとも連絡が取れなくなってしまい…
  形はどうあれ作品を途中で投げ出した自分が悔しくて悔しくて情けなくて、
  毎日泣いています…。
  見ておられるか分かりませんが、
  一緒にコラボしてくださったみなさん、本当にごめんなさい…




投稿主は19歳の女子。
正直、読んでるこちらまで悲しくなったと同時に、ムカッとくるものを感じた。



別に、出会い系サイトで異性くわえこんで、
毎晩セクロス三昧してるわけでもないし、
グリーやモバゲーで課金アイテムに入れあげてるわけでもない。

それなのに、「知らない誰かとネットでやりとりしてる」ってだけで
どうしてそこまでされにゃならんのか、と。


ひとと協力して、少しでもいいものを作ろうとしてるだけじゃん。
ムダに金銭つぎこんでるわけでもないし、
いかがわしい行為に及んでるわけでもない。
それがアカウント削除? ケータイ没収?


しかも、小学生や中学生ならまだしも、
19歳っつったらほとんどオトナと同じでしょ。
それでこんなひどい仕打ちってアリか?


仮に、学業(もしくは仕事)に影響が出てるとかだったとしても、
せいぜいネットする時間を制限するとか、その程度でいいでしょ。
何もそこまでする必要ない。



某SNSとか、2chの某スレとか見ると、
「作詞してくれるはずの子と連絡がとれなくなった」とか、
「コラボ主が作業ほっぽらかして音信不通になった」とかっていうのをたまに見るけど、
そういうのって、ブッチする側が無責任だっていうばかりじゃなくて、
こういう「容赦なき事情」で連絡とりたくてもとれなくなった、っていうケースも
ちょいちょいあるのかなぁ…と、今回の件で考えるようになった。


とりあえず、この女の子の1件は、事実ならかわいそうすぎる。

俺もピアプロを根城に作詞活動させてもらってる身なので、
他人事に思えず、あまりにひどいと感じた。



親はもうちょっと、──ほんのちょっとでいいから、
自分の子供を信用してやんなよ。
思い込みで子供の楽しみ奪って潰すなんて、
沖縄の雪遊びを一旦中止に追い込んだ放射脳モンペと同じじゃないか。



この投稿主の女の子、今回の件で気持ちが折れちゃってるかもしれないけど、
できれば、またいつか作詞活動を始めてくれたらいいな…と、心から願う。
posted by mak.kanz@wa at 23:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月06日

自作詞ライナーノーツ#17 「瓦礫の海」

もはやひと月に1回更新があればいい方だ、状態な拙ブログw
久々にライナーノーツ更新です。


今回のライナーノーツはこちら。


[ニコニコ動画]


[ピアプロ]

瓦礫の海 powered by ピアプロ

[歌詞]
http://piapro.jp/content/ugn7yksexq81u54m


nocchi1031氏(パレットP)とのコラボ5作目になります。



誕生日(2/17)の朝、通勤電車の中でぼへーっとTLをチェックしていたら、
クライアントが新着メッセージのバッヂを表示。
開いてみると、それはnocchiさんからの作詞依頼。

「うはwww偶然とはいえ超嬉しい誕プレもろたwwwヒイヤッハー!!!(AAry」
と小躍りしながら、職場に着くなりそそくさとオケをDLし、
昼休みを利用して譜割おこし。


…耳に飛び込んできたのは、みなぎるような疾走感のあるリズムと、
ひりひりと痛む傷のような切ないメロディ。

その瞬間、「この曲には、このテーマを乗せなければ」と思い立ち、
ちょっと前から思い描いていた内容を書きつけはじめました。



すでに聴いていただいた方や、歌詞を見てくださった方には
もう想像がついていることとは思いますが、本作は

東日本大震災の災害廃棄物(震災由来瓦礫)の広域処理受け入れ拒否

が根底のテーマです。




2/9の記事でもちょっと触れましたが、俺の実家の菩提寺は宮城県沿岸の某町にあります。
マイクロバスで寺へ向かう道すがら、車窓から見える海岸近くの住宅地は、
ほとんどの区画が更地か、さもなければ建物の基礎だけを残してすべてが消え失せていました。
かろうじて残った家屋も、1階部分を半分ほど波に抉られたり、
窓ガラスがすっかり割れ落ちてサッシだけになっていたりと、惨憺たるありさまでした。


  何もかも消え失せた町と 空っぽのわたしに雪が降る
  あの日を忘れたかのように 凪いだままの海



曲冒頭の歌詞は、あの日俺自身があの町で見た、そのままの風景です。


1年近く経っても、何ひとつ終わっていない、震災という現実。
それを目の当たりにした時、全国各地で起きている『瓦礫受け入れ拒否』という問題が、
やりきれない感情をもって、俺のこころの中で鎌首をもたげ始めました。



自分の住まう東京都は、早い段階から広域処理受け入れを表明し、
実際に宮古市や女川町の瓦礫の処理を担当してきました。
それもあって、他の自治体で瓦礫処理に反対する市民
(…と言っていいのか不明な連中もいますが)たちの声に、
違和感と腹立たしさを感じていました。

被災地だけでは処理しきれない膨大な量だから、協力してほしい。
国全体で手をとって、復興を進めるために。


  堆く積もった絶望 その中に希望を探すのは
  ひとりじゃできないから 手を貸してほしいだけ



それだけのことなのに、なぜ協力できないのか。


原発から150km以上離れた町(当時の風向き的にも、放射線には汚染されていない)の、
線量的には通常の産業廃棄物と何ら変わるところのない瓦礫を処理するわけであって、
何も福島第一原発の原子炉から持ってきた燃料棒を直接地中に埋めるわけじゃない。


  なのに 見えない何かを 疑い恐れて
  すべてを 拒絶するのはなぜなの





にもかかわらず、地図で確かめることすら放棄したかのように、
東北全域を高濃度汚染地域のように呼ばわり、
「放射能まみれのゴミを我々の街に持ち込むな!こどもたちの健康を守れ!」
などと喚き、線量計測の結果にすら目をそらす、
恐怖におびえた視野狭窄なひとたちの姿が、これでもかと報道される。


  かすかな願いに 耳をふさぎ
  穢れはいらないだなんて
  勝手な叫びは 誰のためなの





そういった報道を目に・耳にするたびに、こころの中に澱のように降り積もる怒りと悲しみ。


この曲のオケをひと通り聴いた時、その感情が自分の中ではじけました。




津波は町を飲み込み押し流し、瓦礫にしてしまった。
そしてその瓦礫が、ひととひととのこころのつながりを押し流してしまった。

そんなことを思いました。


  瓦礫が押し流した 絆を探して
  いつまでわたしたちは さまようのだろう
  嘆きの海を



「わたしたち」とは、

復興に向けて、あがきながらでも前に進みたいと願いながらも、
遅々として進まない道のり(瓦礫処理のみならず、政府の施策なども含め)の前に、
悲しみにくれる被災地のひとびとであり、

些細な──それでいて強大なエゴに拠って、
同じ国にいるひとびとと共に手を取りあうことを拒否してのける者がいるという事実に、
諦めそうになってしまう我々ひとりひとりのことでもあります。



今回たまたま、震災から1年が経とうとする節目の時期に、
この歌詞をものすることになったわけですが、
3/11に間に合うかどうかは、作詞する上では全くどうでもいいことでした。

この想いを。
この叫びを。
形にしなければ、自分が自分でいられなくなるような、そんな気がしたから、
俺はこの詞を書き上げました。




そんな俺の気持ちを汲んでくれたかのように、この歌詞をボツにすることなく、
絞り出すようにかすれた声で歌わせてくれたnocchiさん。
(特に「自分の領域だけが〜」の部分は、まるでMEIKOが涙声で歌っているようで、
 こみ上げるものを禁じえませんでした)

そして、その声に絵という生命を吹き込んでくれたrumecoさん。

[イラスト(ピアプロ)]

瓦礫の海 powered by ピアプロ


おふたりには感謝してもしきれません。




東北の血を引く民として、今書けるありったけの想いを・魂を、
この歌詞には込めたつもりです。
聴いてください。お願いします。





posted by mak.kanz@wa at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | ライナーノーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月09日

とつぜんのさよなら。

2/2の夜。
見慣れない番号の携帯から、自宅の電話に着信が。

いつも、不明な番号からの着信の時には、一旦居留守を使うことにしているので、
相手がメッセージを入れてくるまで待った。


聞こえてきたのは、仙台に住む従兄の声。
慌てて受話器を上げる。


「急な話なんだけど、ウチのオヤジが亡くなって…」




…え?




年末に電話した時には、そんなに具合悪そうな感じはしなかったのに!


葬儀は土曜と聞かされる。
1も2もなく「行く」と答えていた。



亡くなった従兄の父、──俺の母の兄は、
27年前に俺の祖母が亡くなって以降、ずっと実家を守ってきた。
伯父というよりも、祖父に近いような感覚でずっと接してきた。

最後のお別れに行かなければ、きっと一生後悔する、
そう思ったからこそ、考えるより前に葬儀に行くことを決めた。
葬儀の日は、遅い正月休みの最終日。
仕事に穴も開かず、誰にも迷惑はかからない。




そして当日。
葬儀の時間にあわせて指定席をとった新幹線は、図らずも「はやぶさ1号」。

時速300kmという現実離れしたスピードで、
メタリックグリーンの矢は俺を「逃れようのない現実」へ容赦なく運ぶ。

どうせE5系に乗るなら、
こんな理由じゃなく、一家揃っての里帰りとかで乗りたかった…と思いながら、
糸を引くように流れていく車窓の風景をぼんやりと眺めていた。




自宅からたったの3時間で、葬儀会場の最寄り駅に。
目に入る建物の屋根はことごとく白く、青空から降り注ぐ太陽を弾き返していた。


葬儀会場へ着くと、受付には同い年の従姉が。
今にも泣きそうな顔で「久しぶり…」と言われ、
どう返していいのかわからず、つい口ごもってしまった。

祭壇の前で、実家のおばさん(伯父の奥さん)と、
喪主である従兄に会う。
ふたりとも、昔より小さくなったように見えたのは、
突然の悲しみに疲弊しているからなのか、それとも年齢を重ねてしまったせいなのか。

そして、子供の頃によく遊んでもらった知り合いや遠い親戚たちが、
かわるがわる俺に声をかけてくる。
顔は思い出せるのに、誰が誰だったか名前が一致しないし出てこない。


日々にかまけていろんなものを没交渉にしている、
自分の「実家不孝」っぷりが情けなく思えて仕方がなかった。




葬儀は粛々と進む。
僧侶の読経の声を聞いていても、焼香してみても、現実感がまるでわかなくて、

「何でこんなことになってるんだろう? 俺はどうしてここにいるんだろう?」

と考えるばかりで、涙さえも出てこずにいた。




でも、棺の蓋が開けられて、最後のお別れをする段になったら、
突然──本当に突然、ものすごい勢いで悲しみがこみ上げてきた。

冷たくなってしまった伯父の顔を撫でながら、


「ごめんね、…1回しか孫見せてやれなくて本当にごめんね」


かきくどくように繰り返しながら、溢れる涙をこらえることができなかった。
棺にすがって、しばらくすすり泣いた。




駅に着いた時には晴れていた空から、
いつの間にか雪がちらちらと舞い始めていた。

斎場で荼毘に付され、骨になった伯父とともに、実家の墓がある寺へと向かう。
墓のある場所は、某アニメのファンには「聖地」として知られる町。
高台にある墓所からは、太平洋が見える。


shichigahama.jpg


マイクロバスの車窓から眺めた町は、あちらこちらに更地が目立ち、
この場所も津波で全てを奪われたのだということを思い知らされた。




雪が勢いを増す中、納骨も済み、線香をあげる。

「ああ、これで本当に終わってしまったんだ」という気持ちと、
「あの日もこんな風に雪が降っていたんだったっけか…」という思いを抱えながら、
ねずみ色の空にすぐ吸い込まれてしまう煙を見上げていた。






さよなら、伯父さん。
一周忌になったらまた来るよ。

そっちで俺の母さんと会ったら、兄妹水入らずで酒でも飲んでてよ。

何十年先になるかわからないけど、俺もいつかそっちに行くから。
もう少し待っててね。


 
posted by mak.kanz@wa at 12:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月13日

2011年という年は。

毎年末恒例の『今年の漢字』。

2011年の漢字は、大方の予想を覆すこともなく、『絆』に決まったようで。



  今年の漢字は「絆」 震災、豪雨、なでしこが理由(スポニチアネックス)
  http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/12/13/kiji/K20111213002231500.html



人と人、個と個の間では、確かにいろんな形で
『絆』が再確認されたケースも少なからずあるだろう。それは否定しない。

だけど、震災・津波後のこの9ヶ月間の様々なニュースを見るにつけ、
「今年の漢字って、ほんとにそれなの?それでいいの?」
という違和感を感じざるをえない。
違和感というより、むしろ不快感に近いとでも言うべきか。


福島第一原発のあの事故の後、あらゆる形をとって発露した、
「ヒバク地フクシマ」に対する差別やヘイトスピーチはどうだ。
その口汚い発言の数々は、福島のみならず被災地全体に向けられているとしか思えない。



  小学校では、避難・転校してきた子に「わー放射能がうつるー」

  津波で流された松を護摩木にすれば「セシウムで琵琶湖が汚れる」

  架け替え工事用の橋桁さえ「福島で製造したんじゃ放射能が心配」

  東北の物産の販売イベントをやろうとすれば
  「トラックでセシウム持ってくんな」「汚染作物食わせる気か」

  原発由来ではない災害瓦礫の受け入れを表明すれば
  「市長は売名行為をやめろ」「市職員も同じように苦しめてやる」



それ以外にも、ネット上に流れる
狂信的な「反原発カルト」と化した有象無象の発言まで拾えば、
何行使ったって書ききれないぐらいの『ことばの暴力』の数々。


そこにあるのは、猜疑と糾弾と絶望と諦観ばかり。
『絆』? 助け合いの精神?
そんなものがどこに残ってる?
あるというなら、どこにあるのか誰か教えてほしい。



そして、震災復興処理・放射能汚染対策に関して、
すべてが後手後手に回ったことで、一切の信用を失った政府。
ロクな事前対策も打たず、根拠に乏しい「安全神話」を謳いながら、
それが崩壊してもなお、他人事のような顔をしている東京電力の上層部。


被災地で活動した自衛隊・消防隊・警察・米軍、そして数多のボランティア。
原発で必死に作業を続ける、末端の東電社員や下請け会社の人々。
政府や東電のありさまは、
現場で頑張ってる人々の顔に泥水をぶちまけるような仕打ちとしか思えなかった。



そういう意味でも、今年の漢字は『』一択だと思っている。

今年は、ありとあらゆるものが、あの震災・津波をきっかけに、
あとかたもなく壊れ続けた日々だったのだから。



これから先、我々日本人は何十年にもわたって「試される日々」を生きるのだろう。

失ってしまったもの。それは元に戻るのか。
壊れてしまったもの。それを元に戻せるのか。


まだ終わりじゃない。
まだ死んじゃいない。
壊れたものも、失ったものも、長い月日をかけてでも取り戻さなければ。
posted by mak.kanz@wa at 18:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月11日

自作詞ライナーノーツ#16 「Ace In The Hole」

2ヶ月半ぶりの更新になってしまいましたw
…いや、Twitterに慣れると、ブログの更新がついつい億劫になってwww


ライナーノーツに限って言えば4ヶ月ぶりですがw
今回は、にゃっぽんの日記コメで某まいぽんさんから「LN期待」と
リクエストをいただいていたこちらの曲です。


[ニコニコ動画]


[ピアプロ]

【初音ミク】 Ace In The Hole 【コラボ】 powered by ピアプロ

[歌詞]
http://piapro.jp/content/pin55ou6j6z0t3mk


のろりん氏の歌詞募集曲に応募し、採用された作品です。



ゴールデンウイーク突入した頃だったでしょうか。
「歌詞募集」のタグを徘徊していたところ、のろりん氏のこの曲を発見。
聴いてみたら、非常にゴリゴリした感じの、俺のツボをくすぐるような
カッコいいギターサウンドが。
「よし、これは応募してみよう」と思い立ち、
いつものように手持ちのタイトル候補一覧を開いてチョイスする作業にw

2コーラスのAメロで、たたみかけるような早口のフレーズが入ってくるあたりも、
創作意欲をいたく刺激される部分でした。


そして選んだのが、今回のタイトルでもある「Ace In The Hole」
「最後の切り札」を意味する英語のスラングです。


もともとこのタイトルフレーズは、遠い昔に読んだマンガ
パイナップルARMY』で見かけて以来、
非常に気に入っていたフレーズで、いつか歌詞のタイトルにしてやろうと思っていました。
ハードロック色の強いオケを聴いて、
「よし!このタイトルでいっちょ厨二的なメッセージ色の強い歌詞でも」
と目論んで、早速作詞開始。

…そう、当初は
「これが俺の切り札さ、誰にも負けたりしないぜ〜♪」
的なところを目指していました。


しかし、いざ書き進めてみたら、なぜか
「根拠もないのに自信過剰なオトコの横っ面を張っ倒して出て行くオンナ」
が主人公にw
そして、わざわざ「切り札」というフレーズを盛り込む必要性もない歌詞に…

ほんとに、なぜそういう展開になっていったのかが
未だに自分でも解りませんwww
まさに「どうしてこうなった(AAry」というのが正直なところ。
採用してもらえたので、結果オーライなのかもしれませんがw


途中で詞の方向性がそういう流れに固まったあたりからは、
できるだけ韻を踏むことを心がけながら書き進めていったつもりですが、
それもうまくいっているのかどうかあやしいところで…



それでも、一応個人的に気に入ってる箇所もありまして。

1コーラス冒頭の


  あなたはいつでも 色あせた壁を向いて
  せわしなく右手動かしてばかり



は、あらゆる現実に背を向けて、PC(またはケータイ)の画面にばかり見入って、
マウスかちゃかちゃ(またはテンキーぽちぽち)してる様なわけですが、
その行動を自慰行為になぞらえるような体にしています。
というより、意図的に「そう聞こえる」ようなフレーズにしてみました。

にゃっぽんの日記コメでも、この部分には特に好評をいただけたので、
俺としてはそれなりに満足していますw



正直、ニコの再生数は驚くほど伸びていませんが(ぉ
ほんとにカッコいいサウンドなので、ぜひ聴いていただければ。





posted by mak.kanz@wa at 06:09| Comment(0) | TrackBack(0) | ライナーノーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月24日

そして鉄人は、今日も焼け野原を往く。

ほぼ日Pの曲が好きだ。
正確に言えば、ほぼ日Pの書く歌詞が好きだ。


一見シンプルなことばの中に、消化不良を起こしそうなほどのエグ味をこってり織り交ぜて、
ネタ元に対して容赦のない皮肉をぶちかます様が好きだ。


そのほぼ日Pだが、
先日アップしたこの曲によって、議論百出・非難囂々。
動画は元より、ご本人のブログ・ミクwikiの動画記事・大百科の本人記事のスレ、
いずれも絶賛大炎上中となっている。
(コメ非表示推奨動画なので、今回外部プレイヤーは貼りません)





確かに最近、「元ネタをちゃんと見ていないと、曲に込めた風刺が解りにくい」という
傾向が強くなってきているのも事実ではあろうが、
元ネタを見てもなお、ほぼ日Pの意図とはかけ離れた解釈・理解をしてしまっている人が
ずいぶん増えたように感じられる。
そして、元ネタも見ずに脊髄反射で「氏ね」だの何だのわめき散らすバカも、
「放射能がくる」の頃以上に増加した気がする。





「こんな動画消せ」 「福島の人に謝罪しろ」 「どんな意図で曲作ったのか釈明して」etc…


さまざまな批判に対し、ほぼ日Pは黙して語らず…どころか、
何もなかったかのように立て続けに曲をアップしてみせた。
しかも、一見すると全く真逆の方向を向いた歌詞を持つ2曲を。








ことここに及んで、ようやく俺の中で結論が出た。



  「この人は、他人に訴える気持ちなんてこれっぽっちもない。
   ただ、自分が『食い破りたい』と思ったものに噛みつくだけだし、
   自分が『歌いたい』と思ったことばを(ミクとVY1の力を借りて)紡ぐだけなんだ」




と。



彼は、あまりにも自由に、琴線に触れたものを感じたままに曲にする。
それを聴くも聴かぬもリスナーの自由だし、聴いてどう思うかもリスナーの自由。
言い換えれば「聴く人の意見など知ったこっちゃない」というところか。

さまざまな批判に対するリプライすら、歌の形をとって世に問うてしまう。
そして「この返答をどう解釈するかも、あなたの勝手ですよ」と、
自身に向けて投げつけられたボールを、時速200kmで投げ返す。(時に少々斜め上に)


その典型がこの曲だろう。
某ブログでの批判に対し、そのブログのタイトルを歌詞に折り込みながら、
当該記事中で俎上に上げられた曲 「馬鹿が見るテレビ」 のサムネに×を描いてみせることで、
自虐に見せかけたイヤミたっぷりの返信をしてみせている。





しかし、それがネタ元にしている相手に届くかどうかについては、
ほぼ日P本人はまったく拘泥していないのではないだろうか。
だからこそ、動画がどんなに荒れても削除したりしないし(コメントも自身では削除しない)、
ブログのコメントにもいちいち返信したりしない。


大百科のスレには「釈迦の手の上の悟空状態」というレスがあったが、
我々視聴者のことを手の中で転がす意図すら、彼にはないのだろう。
それどころか、そもそもその掌中に我々視聴者を落とし込むつもりすら皆無だと思える。


放り投げたボールが我々の手元に届く頃、
ほぼ日Pはすでに別の方向を向いて、次のボールを磨いているにすぎないのだ。



そう考えると、動画やブログに批判コメントを浴びせている連中の行為が、
何と虚しいものであるかと思わされる。
何しろ、いくら噛み付いても相手にしてもらえないのだからw
(そのくせ、気が向くと10倍返しで喉を食い破られるから始末が悪いwww)


その手の中で踊ることすらさせてもらえない我々視聴者は、
自問自答や煩悶を繰り返しながら、ほぼ日Pと対峙していくしかないのだろう。



# もしほぼ日Pに直接話を訊くことができるなら、ひとつだけ訊いてみたい。
# 「その、何ものにも動じない・何もかもを取り込み続ける強靭なハートは、
#  いったいどこから生まれたのか」と。
# 彼の詞はマネできないが、彼の精神力には少しぐらいあやかりたいと思う。

posted by mak.kanz@wa at 20:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月11日

知らないということ。「知らない」ということを知らないこと。

8/9にTwitterでつぶやいた内容だが、
再構成+加筆してこちらにも改めて記載してみる。

自分のルーツである大地を腐すような言動には、
やはり我慢がならないので。


------

大文字送り火の件といい、


 陸前高田の薪、「五山送り火」に使う計画中止に (朝日新聞)
 http://www.asahi.com/kansai/travel/news/OSK201108070083.html


セシウムさんの件といい、


 岩手産米プレゼントで「怪しいお米 セシウムさん」 東海テレビ番組中に不謹慎な表示 (ITmediaニュース)
 http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1108/04/news053.html


福島のみならず東北全域を「放射能汚染地帯」呼ばわりするようなケースが増えた気がする。

まぁ、以下のスレを見ても解るように、そういうことを口走る輩は震災直後から見受けられたが。


 【東日本大震災】気仙沼の蔵元「男山本店」酒造り再開「もろみは生きていた」「これだけは絶対、酒にしてみせる」 (ログ速)
 http://logsoku.com/thread/raicho.2ch.net/newsplus/1301456653/


これまで何度かツイートしてきたが、
福島第一原発と、東北の各被災地との位置関係もろくに把握していないくせして、
そういう妄言をほざく連中がのさばっているってことが、ものすごく腹が立つ。


47都道府県の位置関係ぐらい、日本に住んでるなら知ってて当たり前だろう。
小・中・高校と、ずっと授業で習うことなのだから。
それすら知らずに一絡げで東北をdisってるヤツらは、
「俺は義務教育もろくに受けてないバカ」だと自ら喧伝してるに等しい。
(そういうヤツらは、バカだからそれにも気づいてないだろうが)


「どの町がどことかシラネ。
 同じ『東北地方』なんだから、どうせホーシャノーで汚染されてるんでしょ?」

とかぬかす連中は、自分の発言が「俺は九州の人間だから(ry」という
松本龍の発言と同レベルだってことを理解しろ。
そして、知ってて当然のことを知らないという事実を少しは恥じ入れ。


放射能の恐怖を云々する前に、小学校から人生やり直せ。
それができないんなら今すぐ死ね。

知ってて当然のことを知らないばかりか、
知らないことすら知らないという度し難いバカの存在は、
社会にとって何の役にも立たない害悪でしかないのだから。

posted by mak.kanz@wa at 02:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月04日

自作詞ライナーノーツ#15 「Set and Go!! −with Advanced Rhythm−」

2ヶ月半ぶりのライナーノーツになってしまいましたw

今回の曲はこちら。


[ニコニコ動画]


[ピアプロ]

【ピットソング09】 Set and Go!! −with Advanced Rhythm− 【痛車向け楽曲】 powered by ピアプロ

[歌詞]
http://piapro.jp/content/qfhx9tkzz8qaol02


2008年6月に、ピアプロ公式コラボ『痛車デザイン募集!』企画で募集された
レーステーマ曲部門の応募作品です。



モータースポーツに関する作品としては、
2008年3月、当時全日本ロードレース選手権・250ccクラスに参戦していた
関口太郎選手の応援ソングである「プラスμ」(作曲:きえんじんさん)に、
2コーラス以降の作詞担当として参加させてもらったことがあります。


ちなみに、その「プラスμ」はこちら。

プラスμ - 完成版 【オリジナル@Team2ch】 powered by ピアプロ

(歌詞: http://piapro.jp/content/ya3dxntkn708t640


…すみません、ちょっとコースオフしましたw

ともかく、この『痛車企画』を目にした時、
「…これはあの時の経験が生きるかも。ぜひ書かねば!」
と思った俺は、早速作詞にとりかかりました。
(俺自身、モータースポーツフリークでもあるので)


どんな感じの詞にしようかと思っていた時、
たまたま『初音ミクみく』さんの以下記事を目にしました。


 初音ミクとBMWとSUPER GTについて妄想したら楽しかった件について
 http://vocaloid.blog120.fc2.com/blog-entry-1413.html


記事の記載内容をもとにググった上で、
SUPER GT公式サイトから情報をたどっていくと、
そこには確かに、BMW Z4でエントリーしているチームがw


「…そもそも、ラジコンレース程度の企画だったら、
 何もレーシングスーツのデザインまで募集する必要ないよな?
 それに、テーマソングってのも、
 もしかしたら鈴鹿8耐の予選セッションみたいに、
 タイムアタック時にBGMとして流す曲なんじゃないのか?
 (注:この時点では、SUPER GTの「スーパーラップ」というシステムは
    知りませんでした)

 どうみてもSUPER GT参戦企画です、ほんとうにありがt(ry」


ということで、初音ミクみくさんの「推測記事」から、
この「痛車企画」が「SUPER GTへの参戦企画」であると断定した俺は、
それを前提にした詞の作成にとりかかりました。


検索した結果判明した件のチーム名は『Studie & GLAD with ASADA Racing』。
「曲のタイトル(の各単語)の頭文字と、チーム名の頭文字揃えたら面白いな」
と思い立ち、まずはタイトル決定。
ちょうど、手持ちのタイトル候補フレーズの中に「Advanced Rhythm」というのがあったので、
これを流用して「Set and Go!! −with Advanced Rhythm−」という
本作品のタイトルが決定しました。


  Studie &  GLAD with ASADA  Racing
  Set  and Go!! −with Advanced Rhythm−


…頭ひねって工夫した割に、誰にも気づいてもらえませんでしたが(´・ω・`)



とはいえ、単なる言葉遊び的な理由でこのタイトルにしたわけではありません。
一応、ちゃんとした理由もありますw

メインタイトルの「Set and Go!!」は、予選グリッドからフォーメーションラップを経て、
グリーンフラッグとともに加速していくその様を表現。
そして、サブタイトルの「Advanced Rhythm」には、

・(先端技術の集合体である)レースエンジンの奏でるエキゾーストノート
・「電子の歌姫」ミクの奏でるメロディ

というふたつの意味を込めました。

肝心の詞は、8月に開催される「鈴鹿1000kmレース」をイメージしました。
(ASADA Racingにとっては2008年度初戦、ミクGTとしては初参戦レース)



  真夏の太陽の下、ミクZ4がサイドバイサイドのバトルをくぐり抜け、
  トップでチェッカーフラッグを受ける姿。
  ピットウォールにしがみつき、歓喜の雄叫びをあげながら、
  そのマシンを迎えるスタッフたち。

  目指すものは「最高の結末(=優勝)」。
  それをつかむまであきらめたりしない──




…そんな情熱的な光景を描いたつもりです。
「なびく翠の翼」という歌詞は、もちろんミクの髪をイメージしています)

まぁ実際、初戦から優勝できるとは思ってませんでしたけど、
そこはそれ「イメージ」というものが…ねw


そんな折、Rino Mikaさんが「昔の曲を発掘した」という日記を
当時にゃっぽんで書いていたことから、
「いい曲あったらコラボさせてください!」と、
相手の都合も省みず、詞を持ち込んでアポなし営業を敢行しました。
(この当時から、俺のこういう傍若無人なところは変わってないようです…w)

そして気がつけば、ピアプロ『旋律のおもちゃ箱』コラボの
メンバーの多くを巻き込む大プロジェクトに発展していましたw
タイトな日限の中、〆切間際の真夜中にランナーズハイ状態での
音源のやりとりを繰り返し、ギリギリで曲は完成しました。

T-SQUARE風味の強かった原曲は、
コード変更と、Kouhei氏&syunkitさんのカッコいいギター追加も相まって、
アドレナリンだだ漏れの疾走感あふれるロックナンバーになりました。



正直なところ、
「これはイケる!」という気持ちをちょっと持っていたのも事実ですが、
結果はそれに反して落選。

その後、ピアプロ開発者ブログで、正式にSUPER GTへの参戦が発表されたこともあり、
当時の『落選』という結果は、心底悔しかったです。

クライアントであるASADA Racingの求めるものと、この曲がマッチしなかったのか、
それとも俺の詞のクオリティの足らなさゆえなのか…
当時はそんなことをぐるぐると考えたりもしていました。



しかし、翌2009年。
ASADA Racingが手を引いて、運営形態が多少変更になったものの、GT参戦は継続。
それどころか、今度は『毎戦のピットウォークで流すBGM募集』という企画が。

前年のリベンジを果たすべく、Rinoさんをそそのかし(笑)、
再び応募タグをつけてエントリー。
そして、ついに採用という喜ばしい結果を得ることができました。


2008年は、マシンの信頼性も戦闘力も低く、
スーパーラップには1度も進めなかった(それどころか決勝進出が最終戦のみ)ミクZ4。
2009年も、スーパーラップへの進出はできませんでした。

それを考えると、予選スーパーラップセッションに進まなければ
会場に流せない「テーマソング」より、
確実に毎戦流してもらえて、訪れた観客の耳に入るピットウォークソングの方が、
結果としては相当においしかったかな…と、今にしてみれば思います。



手前味噌ですが、今でもミクGTのニュースを見る時は、この曲が脳内再生されますw

レースを離れたところで聴いても、アドレナリン全開になるイケイケな曲です。
何かする前に気分を奮い立たせたい方に、ぜひオススメしたいです。






そしてこの曲ですが、昨日(2011/08/03)発売されたコンピレーションCD
『初音ミクGT Project Theme Song Collection』に収録されました!


[Amazon購入ページ]
初音ミクGT Project Theme Song Collection / オムニバス (CD - 2011)
http://www.amazon.co.jp/dp/B0052PN7K8


2008年〜2009年のチームメインテーマソング「Stop and Go」から、
今季(2011年)の最優秀テーマソング「Winning Road」までの全19曲を
余すところなく網羅したアルバムです。
よければぜひ、このアルバムで『ミクGT』の歴史に触れていただきたく。

posted by mak.kanz@wa at 04:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ライナーノーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする