2011年01月19日

「そんな姿で大丈夫か?」「大丈夫じゃない、問題だ」

これほどツッコミどころ満載なニュースは久々に見たようなw



 自分のふがいなさに腹立て新幹線で全裸
 http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20110119-OHT1T00020.htm

 32歳男、新幹線で全裸「自分に腹立った」
 http://www.sanspo.com/shakai/news/110119/sha1101190507007-n2.htm

 一からやり直そう…新幹線で全裸の32歳逮捕
 http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/01/19/kiji/K20110119000078100.html



>「自分は山形に帰る新幹線に乗ることもできなかった。情けない。自分に腹が立って、全裸になった」
(サンスポ記事より)

>「服は親が買ったものだから、捨てないといつまでも自立できないと思った」
(スポーツ報知記事より)



32歳無職というのはまぁいい。
なかなか就職口が見つからなくて苦労してる人なのかもしれんし。


だが、なぜ山形方面行きの車両に乗らないのかとw
(帰省だって初めてじゃなかろうに)

なぜ未だに親に服買ってもらってるのかとw
(「捨てないと自立できない」つーならもっと早くに捨てればいいのに)

そもそも、リアルで「裸一貫」になる必要がどこにあったのかとwww



おまけに、飛び乗ったのが「はやて」だから、
脱がずにそのまま乗ってたら、福島どころか大宮まで連れて行かれるわけで…

>引き返すために乗車したはやて18号の停車駅は仙台、大宮、上野、東京。
>山形駅はもちろん、福島駅や郡山駅にも停車する予定がなかった。
(スポニチ記事より。冷徹にツッコむなwww)



たぶん、悪くても起訴猶予で済むのかなー、と思うけど(他人に危害は加えてないし)、
…彼が今後この世知辛い社会で生きていけるのか、他人事ながら大いに不安です(´・ω・`)
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2011年01月05日

事実を秘匿して人心を蹂躙するとは、大したジャーナリスト魂で。

昨年末、Twitterから始まった「大桃美代子vs麻木久仁子」の不倫騒動。


なぜか内田裕也がいろいろ吼えてらっしゃるようで。



  裕也「何が正義だ麻木にもらった車乗るな」
  http://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20101228-718436.html

  内田裕也が山路氏バッサリ「水嶋ヒロでも書かねぇ」
  http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2011/01/04/01.html



>「使う言葉も『やさしいウソ』だの『残酷な沈黙』だの。
> ばかやろう。平安時代じゃねえんだからよ、水嶋ヒロだって書かねえよ」


年末にも年始にも同じようなことを言っちゃってるのはどうなんだと思いつつも、
「あぁ、そんだけ腹に据えかねたんだろうなー」と理解w

内田裕也という人は正直あまり好きではないが、
今回の件に限ってはおおむね同意できるかな、と。



しかし山路の発言も何だかね。

「婚姻関係は破綻してたから不倫じゃない」だの、
「恋愛は道徳で語ることはできない」だの。
とてもじゃないが理解できないし、したくもないわ。



ただの腐れヒモ男のくせしてジャーナリスト面してんのも腹立たしいけど、
何より大桃との離婚前から麻木とつきあってたこと、
その後再婚したこともしれっと隠し通してたこと。
(言い出せなかったとか言ってるけど、アフガンで拉致られなきゃ一生隠すつもりだったんだろう)

籍も抜かないうちから他の女にふらふらチンコなびかせてるんだったら、
それは誰が何と言おうと「不倫」に他ならない。

そもそも、自分の愛情に責任が持てないんだったら、最初から結婚なんてしなけりゃいい。



まぁ、こんな男だったら、確かに麻木はお似合いかもしれんねw
山路との再婚の件について、ウソついて保身を画策するようなヤツだったわけだし。
チンカス男の相手には、マンカス女が相応しいってなもんだ。




不倫なんてする人間は、問答無用で死ねばいいと思うよ!
山路はアフガンで拉致られた時に、そのまま永遠に帰ってこなけりゃよかったんだ。

あ、麻木も「冬休み」と称してテレビ出演を自粛してるようだけど、
できれば一生自粛し続けててくれ。
才女気取りのプリン脳女の顔なんて、頼まれたって見たくないんで。
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2010年12月25日

自作詞ライナーノーツ#10 「パーティーにようこそ」

連日の更新になりましたがw
今回の作品はこちらです。


[ニコニコ動画]


[歌詞]
http://piapro.jp/content/dvptjka90l1laex1


ひとつ前のライナーノーツで書いた「たとえばこんなクリスマスイブ」と対をなす
(と言ってもいい)作品で、こちらもSNS『にゃっぽん』内『HM-Network』コミュでの
クリスマスソングコラボ向けに書き下ろした作品となります。


「たとえばこんなクリスマスイブ」が『暗』なら、
この「パーティーにようこそ」は『明』サイドとなる詞です。
「たとえば〜」を書き上げた直後、そのまま勢いで書き始めていったら、
脳内メロもないのに思いのほかすんなりとイメージが湧いてきて、
最終的には1時間で完成という、俺史上最短で完成した作品となりましたw



こちらの詞の主人公は、
彼女とつきあい始めてから最初のクリスマスイブ、
初めて彼女を自分の部屋に呼ぶことになり、
あれやこれや手を尽くしてもてなそうと頑張ってる大学生の男の子です。


  テーブルに花も飾って、小さいけどクリスマスツリーも用意して、
  彼女のお気に入りのアーティストのCDもたくさん借りてきて、
  「今からおいでよ」と彼女に電話。

  「じゃ、待ってるね」と電話を切った視線のその先には、
  できあいの料理ばかりが並ぶテーブル。
  「あーあ、料理ぐらいできる男になりたかったなー」とボヤキながらも、
  彼女と過ごす最初のイブが楽しみでしょうがない、



…そういう明快なストーリーにしてみましたw



2コーラスBメロのフレーズは、
自分で言うのもアレですが、俺にしては珍しくネタ風味を盛り込んでみました。


 君を待っている間に 眺めていたサイトには
 「クリスマス中止のお知らせ」なんて書いてあったけれど
 でもそんなの関係ないよ!



電話を切った後、時間つぶしにケータイで覗いた某掲示板。
(どこかはご想像におまかせでwww)
アクセスした途端、目に飛び込んできたのは、
(この時期毎度おなじみの)「クリスマス中止のお知らせ」の文字。


  「www 毎年こんなネタ書いてるヤツがいるなw
   でも、俺のクリスマスは中止になんかしないぜ!」



という感じです。


「でもそんなの(ry」のくだりは、
動画ではミクが小島よしおの振り付けで踊ってくれていますが、
これは絵師さんGJと言わざるを得ませんw

というのも、実は小島よしおのネタは個人的にお気に入りなので、
(小島とかwもう終わコンだろw とかいうツッコミはここではなしで…)
脳内に小島が「でもそんなのk(ry」と暴れている風景を思い浮かべながら、
この部分のフレーズを書いていましたwww
そのイメージを見事に汲んでくれた、絵師(りあさん)には非常に感謝しています。


とにかく、ひたすら明るいイメージ(ちょっとアタマ悪そうに思えるぐらいの)の詞にしたかったので、
動画と相まって、そのイメージをうまく描けたかな?とは思っています。



この詞も、テラ小室P氏に作曲していただきました。
途中のラップは、「たとえば〜」と同様、
Rhymeも含めて、heeさん(KomuroFleeP)によるものです。
(こちらはまだミクwikiの記事に反映できていないので、いずれwiki更新したいです)

リア充の人もそうでない人もw よければ聴いてください。





# そしてこの曲も、リミックスバージョンが多数リリースされています。
# クリスマス限定と言わず、いつでも気が向いたら聴いていただけると嬉しいですw

TKpMix(Remix by テラ小室P氏)


TOY's MIX(Remix by SOLIDIOさん)


R's Beat mix(Remix by 右マッチP氏)


クリスマス中止ミックス(Remix by ep0dさん(他P))


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2010年12月24日

自作詞ライナーノーツ#9 「たとえばこんなクリスマスイブ」

今日(12/24)はクリスマスイブ。
ということで、数少ないクリスマスソングのライナーノーツをばw


[ニコニコ動画]


[ピアプロ]

たとえばこんなクリスマスイブ / 初音ミク (コラボ) powered by ピアプロ

[歌詞]
http://piapro.jp/content/2gsypmm8c0q924k8


SNS『にゃっぽん』内『HM-Network』コミュでの
クリスマスソングコラボ向けに書き下ろした作品です。


コミュ内でクリスマスソングコラボの企画が持ち上がったことから、
自ら「作詞させてくれ」と手を挙げたのが事の発端。
「明るい感じの曲がいいか、切ない感じの曲がいいか」というような意見が出ていたので、
どうせだったらどちらでも対応できるようにと思い、2本書き上げた作品のひとつです。
(もう1本は別途ライナーノーツ書きます)


実は、この詞の初稿を書き上げるにあたっては、とある曲のmp3を拝借していました。
もしかしたら、ミク曲になる可能性ありなオケで、
聴かせてもらったところすごくいい感じだったので、
「これにはこの詞を乗せてみたい」と思い、
mp3をリピートしながら3時間ぐらいで書き上げました。
(ちなみに、そのオケの仮題は「winter song」でした)


イメージとしては、
クリスマスを前に、彼氏と別れてしまった女性が主人公。


  何年も交際してて、彼氏からは将来的に結婚を考えている的な話も
  何度となく聞かされていたのに、
  踏ん切りがつかなくて結論を先延ばしにし続けて、
  それでも、今の心地よい関係は続けていたくて、
  ──そんなどっちつかずな曖昧な態度のせいで、彼氏から終わりを告げられて。

  失意の中、クリスマスのイルミネーションに彩られた街を歩く中、
  自分が何を失くしたのか、なぜ失くしたのかに気づき、
  華やかな風景の中でひとり立ち尽くす、



…そういうストーリーを描いたつもりです。


2コーラスのサビにある以下フレーズは、ちょっと解りにくかったかもしれませんが、


 手袋の中でかじかんで 痛みも失くす爪の上
 描いた雪の結晶が今 涙に溶けて消える



「爪の上に描いた雪」は、いわゆるネイルアートをイメージしてます。
(友人が以前、そういうネイルアートをしてもらってたのを見たことがあるので)


  薄青のベースカラーの上に、白く描いた雪の結晶。
  爪の上の雪景色は、手袋の中で徐々に感覚を失ってかじかんでいくけど、
  それは寒さのせいだけじゃなくて。
  思わずこぼれる涙は、その雪も溶かすような別の痛みを持っていて、



…一応そういうシチュエーションなんだと思っていただければw



今回も例に漏れずタイトル先行型の詞ですが、
一旦イメージが湧くと仕上がりはかなり早かったような気がしています。


そしてこの詞は、テラ小室P氏の作曲で、切ない感じのいい仕上がりになりました。
よければお聴きください。

途中のラップは、Rhyme含め、heeさん(KomuroFleeP)によるものです。
ラップ部分の歌詞については、初音ミクwikiを参照ください。
http://www5.atwiki.jp/hmiku/pages/3504.html





# 以下2本のリミックス版もよろしくお願いします(・∀・)

TKpMix(Remix by テラ小室P氏)


迷い猫Mix(Remix by ノラにゃんこさん(メンテ突入P))


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2010年11月29日

紙媒体でツイートしていたあの頃。

ウェブサイトやブログよりもより一層手軽な情報発信ツールとして、
すっかり定着したTwitter。

これだけ多くの人がやってるのを見ると、
さすがにアカウントだけでも作っておいた方がいいんだろうかと
思ったり思わなかったりw



それはともかくとして、
Twitterの「1ツイート=140字」というのを見て、
ふと連想したこと(思い出したこと、と言うべきか)がある。
今回はそれについてつらつらと。




28年前(1982年)のまさに今日(11/29)創刊された求人情報誌『フロムエー』
バブル全盛期には、火・金の週2回刊となり
(流通の都合上、週2回刊では許可が出ず、金曜発売分を
 『FromAtoZ』という「別の雑誌」として創刊したらしいが)、
テレビでもガンガンCMが流れていた。
30代以上の人なら、河内屋菊水丸の

 「か〜かきんきん、か〜きんきん♪」

という歌声にのせて、黄色のタコと緑のイカがずらずら出てくるCMを
目にしたことのある人も多いのではないだろうか。



で、この『フロムエー』。
各ページの最下部欄外に「FromAtoZ」というはみだしコーナーがあった。
(上述した『金曜フロムエー』の誌名と同じ名称だが、
 こちらのコーナー名自体は創刊当初からあった)

『ぴあ』のページ欄外にある「はみだしYouとPia」と似たようなもので、
本文・ペンネーム含めて180字以内で面白いネタを書いてハガキで送る、
というコーナーだった。
(本文とは別に、10字以内でタイトルをつけることが可)



Twitterの「140字」という縛りに、
俺が真っ先に思い浮かべたのが、この「FromAtoZ」コーナーだった。

「字数制限の中で好き勝手に書き散らかす、っていうところは似てるなー」
と。



なぜそんなものを思い出したか。

それは、自分がそのコーナーの常連投稿者だったからwww



高校を卒業する段になって、バイトを探すためにフロムエーを買った際、
ふと、この「FromAtoZ」に目がとまったのがきっかけだった。

中学の頃から、様々なラジオ番組
(谷村新司&ばんばひろふみ『ヤングタウン』、
 とんねるず『二酸化マンガンクラブ』、さだまさし『セイ!ヤング』、
 小堺一機&関根勤『コサキン無理矢理100%』など)
を聞き、それらの番組にちょいちょいハガキを出していた自分が、
そういう投稿コーナーにハマるのは、ある意味必然だったw

無事にバイトが決まってからも、毎週フロムエーを購入し、
少ない給料の中からエコーはがきを買う金を捻出し、
ほぼ毎週のように何かしらくだらないネタを書いては投稿していた。


他の常連さんの呼びかけで、
常連(もそうでない人も含め)投稿者による集会(今で言うオフ会的なもの)
が開催されたことも。
都合のつく時に何度か参加し、そこからリアルの友人ができたこともあった。


実質、投稿を続けていたのは2年ほどだったが、
その間の体験はずいぶん濃密なものだったように記憶している。


今では『フロムエー』も休刊となり、
当時のつながりで友人となった連中とも、もはやすっかり疎遠になった。
普通の人なら、こういう過去は「黒歴史」として、
しれっとした顔で記憶の彼方に封印して永久に触れないものなのだろうw


でも、今こうして作詞したりブログを書いたりと、
「ことばをつづる」という行為を、面倒がらずに続けていられるのは、
きっとあの頃の自分というものが、
今の自分の下地の一部分になっているからなんだろうと思う。



あの頃「AtoZ」に投稿していた連中で、
今はTwitterをやっているという人間もいたりするのだろうか。

…そういうヤツにかぎつけられてフォローされるのもイヤだから、
やっぱTwitterやるのはちょっと控えておこうかと思うwww
(だってあの頃と同じペンネーム使ってるわけだしw)



# そういえば当時、『ぴあ』のはみだし投稿者が
# 「はみだしスト」と呼ばれていたのを受けて
#
#  「じゃ、AtoZの投稿者は『AtoZer』かw」
#
# と何の気なしにネタで書いたら、その呼び名(略して『Zer(ゼッター)』)が
# フロムエー編集部の人に公認されたのには驚いたwww
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2010年11月17日

当然の帰結。

「こんにゃくゼリー欠陥なし」遺族の賠償請求を棄却
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/464081/


成人と比べて、咀嚼・嚥下能力の未発達な1歳児に、
半解凍状態のこんにゃくゼリーを与えるっていう時点でもうね(ry
詳しくは知らんけど、刻みもせずに丸のまま与えたんじゃないかと想像。
だとしたらそりゃ詰まらせもするわな。


で、自分らの行動の落ち度は棚に上げるどころか宇宙の彼方まで放り投げて、
マンナンライフを逆ギレ提訴とか、
「バカなの?死ぬの?」としか言いようがないわwww
今回の判決は、誰が見たって至極まっとうな結果だね。


きっと原告は火病って控訴するんだろうけど、
そうなったとしても、大阪高裁には冷静な判断を下してもらいたいと思う。
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2010年11月05日

自作詞ライナーノーツ#8 「1987」

今日(11/5)は『MEIKO生誕祭』当日。
ということで、前回に引き続き、昨年の生誕祭参加作品のライナーノーツを。


[ニコニコ動画]


[ピアプロ]

1987 powered by ピアプロ

[歌詞]
http://piapro.jp/content/54ky1jhjkkpucqe8


nocchi1031氏(パレットP)とのコラボ2作目になります。



本作は、俺の書いた歌詞の中でも、
もっとも個人的というか、インターナルな(ベクトルが全く外に向いていない)作品です。

なので、ライナーノーツというよりも、ほんとうに単なる
「自分語り」的な感じになるかもしれませんが…



タイトルの「1987」は、


 シミだらけのページの隅で
 16の僕が 何かを叫んで生きてる



というフレーズにもある通り、俺が16歳だった年です。
そしてこの頃、俺はある雑誌の読者でした。


その雑誌とは、マガジンハウスから1985年に
「十代が創る十代のためのメッセージマガジン」を謳って創刊された
『ヒストリーズラン』という雑誌でした。

鬱屈して吹き溜まる、やり場のない「十代の心の叫び」をぶつけるための
「リング」を目指し、高野生・大の兄弟がマガジンハウスに企画を持ち込んで
刊行された雑誌です。

しかし、創刊からわずか2号(創刊準備号を含めても3号…)で、
当時マガジンハウス社長だった清水達夫氏と高野兄弟との対立によって雑誌は廃刊。
(休刊という名の実質的廃刊ではなく「完全な廃刊」でした)
高野兄弟は当時の読者たちからカンパを募り、
1986年5月から1987年5月にかけて「復活3部作」を自主出版の形で発行。
編集長を務めていた、弟・大が20歳になったという節目をもって、
その「ヒストリー」は幕を閉じました。


ちょうど『ヒストリーズラン』が創刊された1985年は、
尾崎豊が、12インチシングル「卒業」・アルバム『回帰線』のヒットで
世の厨二病患者たちのハートをわしづかみにした年です。
(この年は、ハウンドドッグ「ff」もヒットし、
 それら「メッセージ系J-ROCK」の一時的隆盛が始まった時期でもありました)

『ヒストリーズラン』に毎号投稿される詩・小説・マンガ、
あるいはひとことメッセージ的なものまで含めて、
そのほとんどは、うわごとのように社会の醜さやオトナの汚さを叫んだり、
「自分探し・真実探し」を喧伝するかのようなフレーズにあふれていました。
(そういう傾向を快く思っていなかった読者も無論いたようで、
 ある号のひとことメッセージでは
 「所詮みんな尾崎のコピーだ。いつまでもガキじゃいられないんだ」
 という投稿も掲載されていましたが)


この詞は、そんな16歳の頃の自分(を含めた『ヒストリーズラン』読者の姿)を、
今の俺自身が眺めて書いた、ある意味で「過去帳的自画像」のような歌詞です。

そのため、実は歌詞の中にも、
『ヒストリーズラン』誌面からインスパイアされたフレーズが多数あったりします。


 あの頃 何のためらいもないまま僕は
 ただ走り続けてた



このフレーズは、上述した「復活3部作」の最終号となった
1987年5月号の編集後記で、当時の副編集長だったK氏が書いていた


 「あの頃 何のためらいもなく 若い歴史たちは走っていたんだ」


というフレーズに通じています。
(そのK氏のフルネームでググると、現在彼が開設しているサイトや
 ブログにたどり着きますが、その現状は…)

また、


 錆びつくことばのナイフ 振りかざして


というフレーズも、創刊号に掲載されていたある詩の


 「ことばのこんぼうを振り回すのは止めにしないか」


というフレーズにインスパイアされたものです。
CBS/Epic系のアーティストに感化されまくった脳からアウトプットされることばなど、
どれだけ尖らせてみても所詮は錆びたナイフ程度にしかならない、
という自虐的なフレーズのつもりですがw



そしてこのフレーズ。


 『出逢いは歴史を創る』と 誰かの言う
 曖昧な理想に ただ衝き動かされ



この『出逢いは歴史を創る』というフレーズは、「復活3部作」創刊号のサブタイトルにして、
この雑誌がマガジンハウスから刊行されていた頃から
高野兄弟が提唱し続けてきたフレーズそのものです。

大仰な、しかしそれでいて、
今にして思えばどういう実態や理想を見出せばいいのかわからないことば。

そんなフレーズを、あの頃の自分(を含めた多くの読者)は、
熱病にうかされたように、ちっぽけでささくれた心のよりどころにしていた、
──そんな気がしています。



ちなみに、「復活3部作」完結をもって『ヒストリーズラン』が終了したこの年の12月、
尾崎豊が覚醒剤所持・使用で逮捕されたのは、多くの方がご存じでしょう。
不満にくすぶる少年少女のカリスマ(本人の望むと望まざるとにかかわらず)の逮捕で、
「尾崎的な何か・ヒストリーズラン的な何か」は、
失速フェイズに入っていったような、今ではそんな印象を持っています。


 溺れて沈むメッセージに すがりつきながら
 見えない誰かに 拳を振り上げた



このフレーズは、尾崎逮捕と、
それにショックを受けたであろう多くのファンの姿をイメージしています。




深夜のラジオから流れてくる曲の多くに散りばめられた
「真実」という名の、正体不明の甘い果実。
前段になるべき「現実」すら理解できていないのに、その果実を渇望しつづけた日々。

クスリに溺れ、やがては宗教に逃げ道を見つけたカリスマへの幻滅。

「十代のためのリング」を作ってきた人間の迷走と、そのさまざまな末路。



いくつものファクターを通り抜けてオトナになった今、
本来ならあの頃の自分は「黒歴史」でしかないのかもしれない。

でも、恥ずかしさに転がってみたところで、過去を変えられるわけじゃない。
あの頃の自分は、まさにまぎれもなく「そこにいて、走ってた」のだから。


 真実なんて名ばかりの 幼い熱に
 うかされ続けた日々
 でも何ひとつためらわず ただ走ってた
 あの時代(とき)は嘘じゃない

 今もまだ 青い幻想(ゆめ)抱えて…



最後のこのフレーズは、今現在の自分のそんな心境を込めつつ、
あの頃ほどひどい症状じゃないにしても、今もって厨二病気質から抜け出せない
自分自身を、ぼんやり眺めながら嗤うような、そんな気持ちも含めています。


図らずも、ニコ動でサムネになっているrumecoさんのイラストには、
そんな「叫び」が感じ取れるような気がします。



「天使も聖者もこの街にはいない」にしてもそうなんですけど、
なぜかnocchiさんに納品する歌詞は、
非常に個人的な心情を書いたものになってしまいます。
もうちょっと外にベクトルの向いたような歌詞も書きたいとは思ってはいるのですが…


この曲は、いつものエロギターと暴れドラムもさることながら、
シャープなホーンセクションが特徴的です。
作詞依頼をいただいた際にもらったオケには、ホーンが入ってなかったので、
完成品のmp3をもらって聴いた時には、その思いもよらなかった変身っぷりに
びっくりしたことを憶えていますw

ぜひ聴いていただければ。



posted by mak.kanz@wa at 20:52| Comment(0) | ライナーノーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月01日

自作詞ライナーノーツ#7 「Bloody Starry Crimson」

『MEIKO生誕祭2010』も目前。
ということで、今回は2009年の生誕祭参戦作品を取り上げたいと思います。


[ニコニコ動画]


[ピアプロ]

Bloody Starry Crimson -PV mix- powered by ピアプロ

[歌詞]
http://piapro.jp/content/le1xxml7b5p2ni9n


ピアプロのコラボユニット
『旋律のおもちゃ箱 〜Let's enjoy the sound〜』での制作楽曲です。
http://piapro.jp/collabo/?view=collabo&id=10061



もともとは、コラボ主宰のRinoさんの過去作品
「NeXT to NeXT」(1995年作)をベースにした曲先コラボとして歌詞を作成していましたが、
詞を見たRinoさんが、そのイメージから新規に作曲し直し、
それをベースにさらに俺が加筆(「NeXT to NeXT」の尺は2コーラス分でした)したのが
今回の作品となります。




俺個人の趣味の話になってしまいますが、
宝石(特にカラーストーン)を愛でるのが非常に好きです。
エメラルド・サファイア・タンザナイト etc...
綺麗な色の石は、見ているだけで心を癒してくれますw

その趣味が昂じて…と言っていいのかわかりませんが、
いずれ「宝石」をモチーフにした詞を「3部作」的に書いてみたいと思い、
個人的プロジェクトとして『“JEWELS”Project』という形で、
イメージを温めていました。



この詞は、その第1作目になります。



モチーフにしたのは、スタールビー。
「紅い宝石」の代表格であるルビーの中でも、
研磨後に、石の表面にアスタリスク状の放射線が入って見えるものを、
特にそう呼びます。

最上級のルビーは、ピジョンブラッド(鳩の血)と呼ばれる
鮮やかな紅色をしています。
今回のタイトル「Bloody Starry Crimson」は、
まさにその「ピジョンブラッドクオリティーのスタールビー」を表しています。



ただし、スタールビー自体の石言葉は「常に主役」。
この石言葉ではちょっとうまく詞が書けないかな、という危惧があったので、
テーマとしては、スタールビーではなく、ルビーの石言葉である
「熱情」を使うことにしました。



  ルビーのように紅く燃え上がる想い。
  私をベッドの上に組み伏せたあなたの瞳には、
  嫉妬をはらんだまま、私を征服しようとする熱情の色が浮かんでいる。

  その炎も、たぎるあなたの滴も、
  この指のスタールビーと、私の唇でそっと吸い取ってあげる。
  そしたら、今夜の私はあなたのものになるから、
  誰も知らない姿を見せ合って溺れましょう──




詞のバックグラウンドにあるストーリーは、
まさに艶かしい「熱情」。

これまでにも、そういったテイストの詞を書いたことは何度かありますが、
今回はその路線の「究極形」を目指してみましたw
そのため、歌詞の端々に
「行為の内容」を容易に想起できるようなフレーズが散りばめられていますw



実は、「NeXT to NeXT」をベースに作詞していた時点では、
男の視点からの詞でしたが、
Rinoさんから新オケもらった段階で、
女の視点からの詞にごっそりと入れ替えてみました。
(どちらにせよ、詞のストーリー展開は最初から固まっていましたが)



○-○√(まるまる)さんのふつくしいイラストと、
96necoさん(ぱいろP)のセンスあふれる動画編集で、非常に「オトナ風味」な、
MEIKO生誕祭にふさわしいにハイクオリティなものに仕上がったと思ってます。



個人的に非常に嬉しかったのは、
うp後しばらくしてから「MEIKO性誕祭2009」のタグがついたことですwww

ナモナキPムスコ大佐と同じ土俵に立てた!」と思い、
こっそり小躍りしてしまったことはここだけの秘密ですwww



何はともあれ、ぜひ聴いて・見てください。
アウアウかセフセフかの判断は、皆さんに委ねたいと思いますw


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2010年10月23日

自作詞ライナーノーツ#6 「天使も聖者もこの街にはいない」

また更新間隔が空いてしまったorz
ほんとはライナーノーツ以外の記事も書きたいところなんですが、
にゃっぽんの日記で事足りてしまっているのでこちら向けのネタがなくw


それはともかく。
今回のライナーノーツはこちらの曲です。


[ニコニコ動画]


[ピアプロ]

天使も聖者もこの街にはいない powered by ピアプロ

[歌詞]
http://piapro.jp/content/bporyyskpmdkrb2r


nocchi1031氏(パレットP)とのコラボ3作目になります。


作詞の依頼をいただいたのは9月中旬。

ちょうど、にゃっぽんの『HM-Network』コミュニティで
作詞のタスクを複数抱えていたものの、なかなか筆が進まなくて苦しんでいた頃でした。

本来なら、「先入れ先出し」で、
オファーをもらった順に作詞するのが自分のポリシーなのですが、
上述の通りHMNコミュ向けの作詞は全然進まない状況。
そこで、気分転換の意味も込めて、あえてポリシーに背いて
nocchiさんからのオファーを先にこなすことにしました。
(HMNコミュの皆さんごめんなさい…orz)



もらったオケを聴いた時、「Emptiness」にも通じるような疾走感と
激しいギターに、腹の奥から何かがみなぎってくるような感覚になりましたw

で、例によって手持ちのタイトルフレーズから
「どれにしようか」と候補を選んだんですが、タイトルはすんなり決定しました。
(若干「厨二っぽいタイトルかなー」とも思いましたがそこは気にせずw)


というのも、このタイトルで書こうと思うに至った理由があるためです。




ちょうどこの曲の作詞依頼をもらう1ヶ月半ほど前、
高校の部活で後輩だった子のお母様が病気で亡くなりました。
彼女のブログで、その病状が重いものであることは知っていましたが、
どうことばをかけていいのかわからず、
俺にはただ黙って見ていることしかできませんでした。

愛する母を亡くした彼女の精神的ショックは相当なもので、
四十九日が過ぎようかという頃になっても、
ブログやBBS・あるいはTwitterに流れてくる彼女のことばは、
亡き母を恋うるものばかりでした。
そして、それを見ていると、亡くなる以前にも増して、
何のことばもかけてあげることができませんでした。



というのも、俺自身、かつて母を病気で亡くした経験があるからです。


--- 以下、若干鬱な自分語りになります ---


俺の母が他界したのは、俺が高校1年生の時でした。
ちょうど冬休み最後の日、朝起きた俺が見たのは、
コタツで突っ伏して、激痛にうなっている母の姿。
母の求めるままに救急車を呼び、近隣の病院へ。

医者の診断結果は「クモ膜下出血」でした。

しかも、その原因となる動脈瘤の数が非常に多く、
応急措置となるクリッピングももはや追いつかないという状況でした。


 「全部の動脈瘤にクリッピングするのは物理的に不可能。
  次に動脈瘤が破裂したら、その時は覚悟してください」


それが医者の出した最終回答でした。


痛々しい姿でベッドに眠る母の姿を見ながら、
それでも俺は一縷の望みを捨てきれずにいました。


が、その望みは、それから半月後に見る影もなく打ち砕かれました。
伯母から「容体悪化」の電話を受けて病院へ向かった俺が見たのは、
もう「もの言わぬひと」になった母の姿でした。

その時どうしていたのか、今ではよく思い出せません。
ただ、その事実が信じられなくて、泣くことすらできなかったような気がします。


すでに別居状態だった父の代わりに、葬儀では形ばかりの喪主を務めました。
そして、位牌を胸に、会葬者への挨拶に臨んだその時、
時間の経過とともにこみ上げてきていた全ての実感が、
動かしようのない現実となって、降りかかってきたように感じて、
──涙をこらえることができませんでした。


声をふりしぼり、精いっぱいの虚勢を張って挨拶のことばを口にしながら、
その一方で俺は、深い悔恨と、強い呪詛の気持ちを抱えていました。


 「俺が全然いうこときかなかったから、ストレスがたまったのかな。
  俺のせいで、こんな病気になって死んじゃったのかな。
  もっとちゃんと、いうこときいていい子にしてればよかった…」

 「何で母さんが死ななきゃならなかったんだ。
  他に死んだ方がいいような人間はいくらでもいるじゃないか!」

 「もし“神様”がいるんなら、何で母さんを助けてくれなかった?
  救われるべき人間を救ってくれない神なんて、いっそいない方が
  マシじゃないか!」

 「…そうか、“神様”なんていないんだ。
  いるんなら、絶対母さんは助かったはずだ」


救いの神も──天使も聖者も、そんなものはどこにもいない。
あの時から、俺はそういうものを信じなくなりました。
そして今でも、それらの存在を否定し続けています。


 誰のことも救ってくれない そんなカミサマなんて
 いなくても同じでしょ? 私が殺してあげる



特にこの2行は、
あの日から今に続いている俺の胸の内を、そのまま書きなぐったものです。



自分自身がそういう経験をしてしまったからこそ、
彼女の気持ちが痛いほど胸に迫って、
それゆえに何も言うことができませんでした。



本作の詞は、そんな15歳の時の俺自身の「自画像」であるとともに、
後輩に対して捧げることばでもあります。

決して悲しみを癒やすことばにはなりえないことは解っていますが、
直接は何も言ってあげられなかった分、せめても何かを伝えたいと思ったのです。



  「時間薬」がまだ効かないのなら、せめて今はいくらでも泣けばいい。
  でもいつか、「救いの天使」はいないという残酷な事実を受け入れながら、
  もう一度、空ではなく前を向いて歩けるようになってほしい、




──そういう想いを込めたつもりです。


そんなインターナルでパーソナルな歌詞を押し付けてしまって、
nocchiさんに対しては申し訳なく思っている部分もありますが。

それでも、歌詞に対する評価コメントをいただけて、
ある種安堵にも似た嬉しさも感じていますw


詞はともかくとして、曲は相変わらずnocchiさんらしいハイクオリティです。
(「信頼のエロギター」タグは伊達じゃありませんw)

ぜひ聴いていただければ。





posted by mak.kanz@wa at 06:19| Comment(0) | ライナーノーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月23日

自作詞ライナーノーツ#5 「つきにおもいを」

日付変わってしまいましたが、今日(2010/09/22)は「中秋の名月」。
ということで、ライナーノーツ第5回目としてこの曲を。


[ニコニコ動画]


[ピアプロ]

【ProjectFS】つきにおもいを(2008年09月向け) powered by ピアプロ

歌詞はこちらです。
http://piapro.jp/content/5fh0otqk7f6xicky


ピアプロのユーザーコラボ
『ボカロで綴る季節の歌プロジェクト (ProjectFS)』に投下した詞です。


このコラボは、その名の通り
「季節ごとのボカロオリジナル曲」を作ろうということで立ち上がったコラボです。
(ピアプロのコラボ機能実装後、2番目に立ち上がったコラボでもありました。
 残念ながら、コラボ主および中心メンバーの多忙もあり、
 2009年3月にコラボは活動終了しましたが)

コラボメンバー間で、毎月テーマを募集し、
選ばれたテーマを元に詞先で楽曲を作成していくというスタイルでした。


この曲は、2008年9月のテーマ(十五夜/月見・秋の七草)として作成された曲です。
テーマ決定後、1番乗りで歌詞を投下したものの、
俺の他に歌詞をうpするメンバーはおらず…(´・ω・`)

結果として無投票状態で9月テーマに採用されましたが、
正直寂しい感じもしました。
(きっとみんな本業が忙しかったんだろうと思いたいところですが)



今回の詞について語る前に、ひとつ前提知識として説明を。

俺は小学1年の夏〜5年の秋までを、仙台で過ごしました。
で、仙台の…というより、宮城県の小学校では、
国語の時間に、生徒に詩を書かせるという授業内容がありました。
(今もそういう授業が実施されているかどうかは知りませんが)

俺も例に漏れず、授業でいくつも詩を書いた覚えがあります。
(もしかしたら、俺の作詞活動の原点は
 あの頃の国語の授業にあったのかもしれません)

で、そうやって生徒が書いた詩の中で、特に優秀な作品を集めた
『詩を書くみやぎの子ども』という副読本がありました。
俺も3年生だか4年生の頃に学校でもらいました。
残念ながら、その後たび重なる引っ越しのうちに処分してしまったらしく、
今はもう手元にはありませんが。
(副読本という特殊なモノだけに、ヤフオクにも出るわけがなく。
 処分するんじゃなかった…orz)


その『詩を書くみやぎの子ども』に収録された詩の中で、
子供ごころにものすごく印象に残った詩がひとつありました。
どこの学校の子だかは憶えてないですが、
母親を早くに病気か何かで亡くした子の書いた詩でした。
ちょっと記憶もおぼろなんで、正確ではありませんが、
その内容の一部、──特に印象に強く残ったところを引用します。


------

 すすきも おがりました(※)
 虫もなきました
 いつ 会いにきますか

 まくらもとに かがみをおくから
 うつって ください
 天国がとおくて ぼく いかれません
 毎日 まっています


 (※)おがる・・・宮城県の方言で「育つ、大きくなる」の意味

------


大人になり、自分が「母親を亡くした立場」になった今、
あの頃よりもなおさら、この詩が切なく悲しく感じられます。

ProjectFSで、2008年9月のテーマが「十五夜」に決まった時、
真っ先に思い浮かんだのは上記の詩でした。
「モチーフはこれしかない」、──そう思って、
サビのフレーズから手をつけ、徐々に書き上げていきました。


もっとも、そのまま子供の視線での風景を描くのはさすがに困難だったので、
詞にするにあたって、主人公と背景は差し替えました。

FS投下版では、主人公は「妻に先立たれた、40歳手前の男」にしました。
十五夜の満月の下、縁側にぽつりと座り、
おそなえしたススキの穂が風にゆらり揺れるのを見つめながら、亡き妻の笑顔を思い浮かべる、
…そんな風景を描きました。

1コーラスBメロの以下フレーズは、
ストーリーの味付けとして、こうだったらより切ないだろうか、
という気持ちで加えたフレーズです。
(実際問題、中秋の名月の日が必ず晴れだなんてことはないわけでw)



 あの時からなぜか 満月の日はいつも晴れで
 こぼれる寂しさを 痛いほどに照らし出すんだ



そして、上述した『詩を書くみやぎの子ども』収録作品の、
「まくらもとに かがみをおくから」というフレーズを、
サビのモチーフに持ってきました。



 照らす月明かり その光の中
 探しているのは 君の姿ばかりで
 見上げる夜空に 浮かんだ鏡は
 僕ひとりだけを ただ静かに映してる


  :
  :

 揺れるススキの穂 その向こう側で
 君はいつまでも あの日の笑顔のまま

 照らす月明かり その向こう側に
 僕は今もまだ 君の姿を探す
 でもその背中は あまりに遠くて
 紡いだことばも 風に消えて届かない




この詞は、今でも俺の中では(手前味噌ですが)お気に入りの詞のひとつです。

脳内に浮かんだイメージを、歌詞の中の世界にどれだけ反映できたかという意味での
「詞の出来ばえに対する満足度」という点では、
「Winner Takes All」と並んで、自分の書いた歌詞の中では最も点数の高い歌詞です。

ProjectFSのテーマが、俺にいい材料を与えてくれたと、今でも思っています。



社季斎さん(今宵P)が書いてくれた曲も、
秋の夜のような、透明で少しひんやりする空気を感じさせる
いいメロディとアレンジだと思っています。
よければ聴いてください。



posted by mak.kanz@wa at 00:23| Comment(0) | ライナーノーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする